投稿者: shinobu_admin

  • 50代で初めての海外旅行(前編)|台湾を選んだ理由

    50代で初めての海外旅行(前編)|台湾を選んだ理由

    私は国内旅行が大好きです。

    高知県を除けば、日本全国ほぼすべての都道府県を訪れました。

    仕事柄、お土産や観光地に触れる機会も多く、食べ歩きも趣味なので、国内旅行にはそれなりに詳しい自信があります。

    一方で、海外旅行は別でした。

    興味がなかったわけではありません。

    ただ、一番の壁は語学への不安でした。

    仕事で15年以上前に香港・マカオへ行ったことはあります。

    しかし、それ以来、プライベートで海外へ行くことは一度もありませんでした。

    コロナが価値観を変えた

    海外へ行こうと決意したきっかけは、やはりコロナでした。

    「人生はいつ何が起こるかわからない。」

    そう実感してから、

    やらずに後悔するより、やってみよう。

    そう考えるようになりました。

    以前、ニューヨークの取引先の方から、

    「一度こちらへ遊びに来てください。」

    と言っていただいたことがあります。

    でも仕事を理由に結局行かず、その方は心筋梗塞で突然亡くなってしまいました。

    今でも時々思います。

    「あの時、行っていれば。」

    だからこそ、今は「行ける時に行く」ということを大切にしています。

    そして今回、自分で最初の海外旅行先に選んだ国が台湾でした。

    ツアーも考えました。

    でも今回は、

    航空券もホテルも、自分で予約してみることにしました。

    ANAとマリオットで旅を組み立てる

    航空券はANAのセールで予約しました。

    私はANAスーパーフライヤーズカード(SFC)を持っています。

    ホテルはマリオット ボンヴォイ アメックスで貯めたポイントを利用し、シェラトングランド台北ホテルを予約しました。

    4泊分のポイントで予約したところ、1泊無料特典が適用され、結果として5泊6日の旅行になりました。

    航空券は二人で約12万円。

    ホテル代はポイント利用で実質無料。

    少しずつ積み重ねてきたものが、初めて海外旅行という形で活かされた瞬間でした。

    SFCカードの価値を初めて実感した

    SFCカードのおかげで、国内線ではラウンジでビールを飲みながら帰る時間が私の楽しみでした。

    でも今回初めて思いました。

    このカードは海外旅行でこそ真価を発揮する。

    まず驚いたのがチェックインです。

    SFC会員はビジネスクラスカウンターを利用できるため、一般レーンの長い行列に並ぶ必要がありませんでした。

    私たちは15分ほどで手続きを終えましたが、一般レーンは1時間近く待ちそうな大行列でした。

    そして台湾へ到着して、さらに驚きました。

    私はバックパックだったので荷物を待つ必要はありませんでしたが、妹のスーツケースが優先タグのおかげで最初のほうに流れてきたのです。

    海外では荷物が出てくるまで長く待つことも珍しくありません。

    「荷物をすぐ受け取れる。」

    そんな小さなことでも、海外旅行では大きなメリットだと実感しました。

    いきなりトラブル(笑)

    ANA国際線を利用するため間違って訪れた羽田空港第3ターミナル

    実は最初から失敗しました。

    私は国内線ばかり利用していたので、国際線は当然、第3ターミナルだと思い込んでいました。

    ところがANAの国際線は第2ターミナル。

    京急でも国際線ターミナル駅で降りてしまい、無料連絡バスで第2ターミナルへ向かうことになりました。

    幸い、9時半の便に対して3時間前に到着する予定だったので、時間には十分余裕がありました。

    国際線は早めに到着したほうがいい理由もすぐに分かりました。

    国際線ラウンジは別世界だった

    楽しみにしていたラウンジ。

    国内線ラウンジとは比べものにならないほど充実していました。

    食事。

    アルコール。

    デザート。

    どれも美味しく、思わず食べ過ぎてしまうほど(笑)。

    羽田空港第2ターミナルのANA国際線ラウンジ
    羽田空港ANA国際線ラウンジの食事コーナー

    搭乗までゆったり過ごせる時間も含めて、旅行そのものが始まっているような感覚でした。

    海外は知らないことだらけ

    初めて知ったこともたくさんありました。

    液体物の持ち込み制限。

    何度もあるパスポートチェック。

    国内線とはまったく違う流れに、「海外へ行くんだ」という実感が湧いてきました。

    3時間のフライトも、思っていたより快適でした。

    エコノミークラスでしたが、日本語で映画やドラマを観ることができ、機内食も美味しく、あっという間に台湾へ到着しました。

    台湾到着。そして最大のトラブル

    入国カードは事前にオンラインで登録済み。

    初めての入国審査は少し緊張しましたが、松山空港では日本語で質問され、驚くほどスムーズに入国できました。

    ところが、ここで予想外のトラブルが起こります。

    事前に契約していたeSIMがつながりません。

    海外旅行好きの会社の同僚に勧められたサービスだったので安心していましたが、まさか使えないとは思っていませんでした。

    語学に自信がなく、しかもネットまで使えない。

    正直かなり焦りました。

    改めて、私はスマートフォンにかなり依存していることを実感しました。

    妹が一緒だったので助かりましたが、もし一人旅だったら、もっと準備が必要だったと思います。

    次に海外へ行く時は、

    簡単な英会話。

    困った時に質問できる程度の語学力。

    そのくらいは身につけてから挑戦したいと思います。

    それでも、台湾の方々は日本語を理解しようとしてくれたり、親切に接してくれたりして、本当に助けられました。

    この時点で、

    「台湾を最初の海外旅行先に選んで本当に良かった。」

    そう思っていました。

    台湾松山空港到着時に見つけたHello Taipeiの案内

    でも、この旅の本当の魅力はここからでした。

    街を歩き、人と触れ合い、日本との違いを知ることで、私は台湾という国をもっと好きになっていきます。

    その話は、また次回書こうと思います。

    50歳になって初めて海外へ行きました。

    遅かったのではありません。

    私にとっては、今が一番いいタイミングだった。

    人生は終わらない。

    50代。

    まだ終わらない。

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    ▼人生再設計シリーズ

    100のやりたいこと

    50代で初めての海外旅行(前編)

    50代で初めての海外旅行(中編)

    50代で初めての海外旅行(後編)

    礼文島と宗谷岬で感じたこと

  • 50代、初めて世界へ踏み出す日|台湾を選んだ理由

    50代、初めて世界へ踏み出す日|台湾を選んだ理由

    50代になって初めて海外へ行こうと思った

    私は30代の頃、仕事で一度だけ香港とマカオへ行ったことがあります。

    だから海外がまったく初めてという訳ではありません。

    でも、自分の意思で海外旅行へ行くのは今回が初めてです。

    以前、ニューヨークの取引先から

    「一度こちらへ遊びに来てください。」

    と言われたことがありました。

    でも仕事が忙しいことを理由に結局行かず、その方は心筋梗塞で突然亡くなってしまいました。

    今でも、

    「あの時行っていれば。」

    そう思うことがあります。

    世界は思っていたより広かった

    以前も書きましたが、

    私はもともとかなり内向的な性格でした。

    海外旅行にも、どこか苦手意識がありました。

    でも50代になって思います。

    日本は世界地図の中では小さな国です。

    そして私は、その世界のほとんどを知りません。

    それは少しもったいないことなのではないか。

    そう思うようになりました。

    「100のやりたいこと」が背中を押した

    100のやりたいことリストを書いた時、

    世界の観光地や国をたくさん書きました。

    その中の一つが、

    台湾です。

    ▶関連記事

    やりたいことが分からない人へ|100のやりたいことリストが人生を変えた話

    慎重な性格の私ですが、

    一度決めると大胆なところもあります。

    初めて海外旅行へ行くなら、

    治安や食事、日本からの距離などを考えても、

    台湾は自分にぴったりだと思いました。

    一番楽しみなのは九份

    私が一番楽しみにしている場所は、

    九份です。

    ジブリが好きな私にとって、

    「千と千尋の神隠し」を思わせる街並みは一度見てみたい景色でした。

    そして台湾は、

    グルメ好きの私にとっても魅力がいっぱいです。

    鼎泰豊。

    魯肉飯。

    マンゴーかき氷。

    大鶏排。

    タピオカミルクティー。

    食べたいものを書き出しているだけで、もう旅行が始まっているような気持ちでした。

    本場の味を楽しむために、

    事前にみなとみらいの鼎泰豊へ行って予習までしてしまいました。

    台湾旅行に向けて訪れた鼎泰豊みなとみらい店の入り口

    バックパック一つで台湾へ

    今回の旅は、

    キャリーケースではなく

    バックパック一つ

    で行こうと思っています。

    用意したバックはミレーKULA40

    ミレー KULA 40をAmazonで見る

    先日ブログで書いた

    バックパックキャンプ。

    ▶関連記事

    50代でバックパックキャンプを始めた理由|荷物を減らしたら自由が増えた

    実はあの記事を書きながら、

    台湾旅行の荷造りも進めていました。

    台湾旅行のためにバックパックへ入れる荷物を並べた様子。

    必要なものだけを持つ。

    そんな旅をしてみたいと思っています。

    今回の旅で楽しみにしていること

    今回はANAで航空券を予約し、

    宿泊はシェラトングランド台北ホテルです。

    スターアライアンスゴールド。

    そしてマリオット・プラチナエリート。

    今まで少しずつ積み重ねてきたものが、

    今回の旅行で初めて活かされます。

    それも楽しみの一つです。

    マリオットボンヴォイ・アメックス(紹介リンク)

    台湾はゴールではなく、新しいスタート

    若い頃の私は、

    海外旅行は自分には縁がないものだと思っていました。

    でも50代になった今は違います。

    世界には、

    まだ見たことのない景色があり、

    まだ食べたことのない料理があり、

    まだ出会ったことのない人たちがいます。

    台湾は、

    私にとって海外旅行のゴールではありません。

    新しい世界への第一歩です。

    帰ってきたら、

    また次に行きたい国が増えているかもしれません。

    そんな予感がしています。

    人生は終わらない。

    50代、まだ終わらない。

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    ▼人生再設計シリーズ

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    50代で初めての海外旅行(中編)

    50代で初めての海外旅行(後編)

    礼文島と宗谷岬で感じたこと

  • 50代でバックパックキャンプを始めた理由|荷物を減らしたら自由が増えた

    50代でバックパックキャンプを始めた理由|荷物を減らしたら自由が増えた

    荷物が多いキャンプが悩みだった

    以前のブログでも書きましたが、私はコロナ禍をきっかけにソロキャンプを始めました。

    ▶関連記事

    50代でソロキャンプを始めた理由|自分を取り戻した話

    キャンプそのものは大好きです。

    自然の中で過ごす時間は、本当に贅沢だと感じています。

    しかし、一つだけ悩みがありました。

    荷物が多すぎることです。

    今はみなとみらいへ引っ越し、タイムズカーシェアを利用しているため、車への積み込みや積み下ろしが毎回大仕事です。

    特に冬キャンプになると、ストーブや暖房器具も加わり、まるで引っ越しのような荷物になります。

    キャンプへ行くまでは本当に大変。

    でも、行ってしまえば最高に楽しい。

    そんなことを毎回繰り返していました。

    冬キャンプ用の荷物を玄関にまとめた様子。
    冬キャンプで使用する電源や暖房関連の器具

    (ソロキャンプ記事リンク)

    バックパック一つというロマン

    そんな私が最近目指しているのが、

    バックパックキャンプです。

    リュック一つに荷物をまとめてキャンプへ行く。

    私にとっては、それが大きなロマンでした。

    バック一つでどこへでも行ける。

    その考え方だけで、何だか自由を手に入れたような気持ちになります。

    しかも、常に装備をまとめておけば、非常時にも対応できます。

    私の最終目標は、

    バックパック一つで冬キャンプができるようになること。

    そのために少しずつ装備を見直しています。

    今年の夏には、冬でも使えるR値の高いインフレータブルマットをセールで購入しました。

    NEMO テンサー エクストリーム コンディションズをAmazonで見る

    ※アフェリエイトリンクです。

    昨年、薪が湿っていて薪ストーブがうまく着火せず、氷点下の夜を過ごした経験もありました。

    その経験から、

    「暖房がなくても眠れる装備」

    の大切さも学び、シュラフも見直しました。

    まずは車でバックパックキャンプ

    いきなり徒歩で冬キャンプへ行くのは無理です。

    だから私は、少しずつ段階を踏むことにしました。

    まずは7月にキャンプ場を予約し、

    車で向かうものの、

    荷物はバックパック一つにまとめてみる。

    そんな実験をしました。

    バックパックキャンプ用に並べたキャンプ装備一式
    バックパック1つに収納したキャンプ装備

    今回選んだバックパックは

    ミレー サースフェー NX 75+ をAmazonで見る

    ※アフェリエイトリンクを含みます。

    最初はキャンプ専用リュックも考えました。

    でも、将来は登山にも挑戦してみたい。

    そんな思いもあり、このモデルを選びました。

    世の中では40Lや50Lのバックパックが主流ですが、私にはまだそこまでコンパクトにまとめる自信がありませんでした。

    それでも実際に詰めてみると、

    予想以上にパンパン。

    最後まで悩んだのはコットです。

    快適ですが、バックパックでは大きく重すぎます。

    何度も出したり入れたりを繰り返し、

    軽量な焚き火台やペグ、テンマクデザインのパンダライトなど、

    少しずつ軽量化してきた装備のおかげで、何とか全部収めることができました。

    その瞬間は、思わず嬉しくなりました。

    荷物を減らすことは、自分を知ること

    2023年6月、初めてふもとっぱらキャンプ場へ行ってから今回で25回目。

    平均すると1か月半に1回ほどのペースです。

    まだまだ勉強中ですが、少しずつ自分なりのスタイルができてきました。

    今回の夏キャンプでは、標高の高い静岡県のキャンプ場でも予想以上の暑さでした。

    静岡県のキャンプ場に設営したソロキャンプサイト

    翌日は朝早く撤収し、近くのスーパー銭湯へ。

    キャンプ帰りに温泉へ立ち寄るのも、今では楽しみの一つです。

    もちろん今回も改善点はたくさん見つかりました。

    だから次はもっと軽く。

    もっと快適に。

    まずは車で。

    その次は徒歩で行けるキャンプ場へ。

    そして最後は、

    新幹線で遠征キャンプ。

    夢は、

    バックパック一つで雪中キャンプをすることです。

    荷物を減らしたら自由が増えた

    キャンプへ行くたびに、

    荷物は少しずつ減っていきます。

    でも、

    減っていくのは荷物だけではありません。

    「なくても困らないもの」

    も、少しずつ分かるようになりました。

    これはキャンプだけではなく、

    人生も同じなのかもしれません。

    必要なものだけを持つ。

    そんな生き方に少しずつ近づいている気がします。

    キャンプは私にとって、

    時間の段取りを学び、

    荷物を整理し、

    天候という思い通りにならない現実を受け入れる場所でもあります。

    だから毎回少しずつ成長できる気がしています。

    完璧を目指すのではなく、一つずつ改善していく。その積み重ねが、今は楽しいと感じています。

    ソロキャンプしか経験はありませんが、

    いつか誰かと一緒にキャンプをしたら、

    また違う景色が見えるのかもしれません。

    その日も楽しみにしています。

    人生は終わらない。

    50代、まだ終わらない。

  • 50代でホテルの価値観が変わった|ウェスティン横浜で知った非日常という贅沢

    みなとみらいのホテルに憧れた頃

    以前のブログでも書きましたが、私は昔からみなとみらいの街が大好きです。

    ▶関連記事 私が横浜を好きな理由。気付けば柴田恭兵さんに憧れていた

    1990年代、横浜グランドインターコンチネンタルホテルが開業し、その後ランドマークタワーの横浜ロイヤルパークホテル、クイーンズスクエアのパンパシフィックホテル(現・横浜ベイホテル東急)が誕生しました。

    当時は「みなとみらい御三家」とも呼ばれ、私はそのすべてに宿泊しました。

    中でも一番好きだったのが、横浜ロイヤルパークホテル70階「シリウス」の朝食です。

    平日に宿泊し、高層階から通勤する人たちを眺めながら朝食を食べる。

    普段とは違う時間が流れ、少しだけ贅沢な時間を過ごしている気持ちになりました。

    現在は改修工事中ですが、再開したらぜひもう一度泊まりたいホテルです。

    ウェスティン横浜との出会い

    2020年以降、みなとみらいにはザ・カハラ・ホテル&リゾート横浜やヒルトン横浜など、新しいラグジュアリーホテルが次々と誕生しました。

    その中で私が何度も宿泊しているのが、2022年開業のウェスティンホテル横浜です。

    Marriott Bonvoy アメックス・プレミアムカードのおかげで、無料宿泊やアップグレードなど、普段ではなかなか体験できない時間を過ごさせてもらいました。

    ▶関連記事 クレジットカード改悪時代に考える。本当に残したいものは何か

    ラウンジ。

    朝食。

    部屋のアップグレード。

    そして専用ラウンジでのチェックイン。

    同じ宿泊料金でも、プラチナエリートだからこそ味わえるサービスは、私にとって大きな魅力でした。

    マリオットボンヴォイ・アメックス(紹介リンク)

    一番嬉しかったのは彼女の笑顔だった

    一番印象に残っているのは、当時付き合っていた彼女の誕生日です。

    アップグレードしていただき、スイートルームに宿泊することができました。

    スイートルームに泊まるという体験は、そう何度もできるものではありません。

    何より嬉しかったのは、彼女が本当に喜んでくれたことでした。

    高層階から眺める横浜の夜景。

    広々としたリビング。

    大きなベッド。

    事前に注文しておいたバースデーケーキ。

    一緒に過ごした時間は、今でもかけがえのない思い出になっています。

    ホテルのスタッフの方々のサービスも本当に素晴らしく、部屋にはタオルで作られたかわいらしいマスコットや、お祝いのチョコレートメッセージまで用意してくださいました。

    「ああ、こういう記念日の過ごし方もあるんだ。」

    ホテルが新しい価値観を教えてくれた瞬間でした。

    忘れられないヘブンリーベッド

    私は腰痛があるため、自宅のベッドにもかなりこだわっています。

    それでも、ウェスティン横浜で初めて寝た夜は衝撃でした。

    包み込まれるような寝心地。

    朝まで一度も目が覚めないほど快適でした。

    後から調べると、それはウェスティン独自の「ヘブンリーベッド」でした。

    今まで泊まったホテルの中でも、一番印象に残っているベッドです。

    もし機会があれば、一度体験してみてほしいと思います。

    ホテルが教えてくれた新しい価値観

    若い頃の私は、ホテルとは旅行先で寝るための場所でした。

    でも50代になった今は、少し考え方が変わりました。

    ホテルは、普段とは違う価値を与えてくれる場所です。

    普段とは違うサービスを受ける。

    普段とは違う景色を見る。

    普段とは違う時間を過ごす。

    そんな非日常を体験すると、不思議と

    「また明日から頑張ろう。」

    そんな気持ちになれます。

    サービス業に携わる私にとっても、一流の接客や空間づくりは多くの学びがあります。

    ホテルに泊まることは、決して贅沢をするためだけではありません。

    人生を少し豊かにする体験への投資。

    今の私は、そう考えています。

    これからも、まだ泊まったことのないホテルへ足を運び、新しい価値観に出会っていきたいと思います。

    人生は終わらない。

    50代、まだ終わらない。

  • 50代で思う株式投資|ANA株が子どもとの時間を支えてくれた話

    初めて買った株は「いすゞ自動車」

    私が初めて株を買ったのは、リーマンショック後の2008年12月頃だったと思います。

    当時の私は、「銀行に預けても金利はほとんど付かない。それなら配当金がもらえる株を持った方が少しでも生活が楽になるかもしれない。」そんな単純な考えで、妻には内緒で株を始めました。

    今振り返れば、とても知識不足の状態でした。

    初めて購入したのは、いすゞ自動車でした。

    配当金は1株10円。株価は110~120円ほどだったと記憶しています。

    私が住んでいた川崎南部は、いすゞ自動車で働く方も多く、地域では誰もが知る大企業でした。

    「さすがに100円は切らないだろう。」

    「3月決算だし、配当も出る。」

    そんな甘い考えで、住宅ローンを抱えながら約20,000株、220万円ほど投資しました。

    今思えば、初心者としてはかなり思い切った金額でした。

    株価より怖かったのは、自分の無知だった

    ところが、その後状況は一変します。

    世界的な金融危機の影響で、多くの企業が次々と無配を発表しました。

    もちろん、いすゞ自動車も例外ではありません。

    株価は100円を割り込み、80円台まで下落しました。

    「本当に会社が潰れてしまうのではないか。」

    そんな恐怖に耐えられず、私は約50万円の損失で株を売却しました。

    その後しばらく、「株は怖い。」そう思い込み、株式投資から離れることになります。

    今振り返ると、怖かったのは株ではなく、自分の知識不足だったのだと思います。

    離婚後に出会った二つの株

    その後、離婚を経験し、子どもたちは福岡で暮らすことになりました。

    会えるのは、お盆やお正月、夏休みなど限られた期間だけです。

    しかし、その時期は航空会社にとって一番の繁忙期で、飛行機代も決して安くありません。

    そんな時、叔父が持っていたANA株の株主優待券を使わせてもらい、そのありがたさを知りました。

    叔父が株を手放したタイミングで、今度は私自身がANA株を購入しました。

    400株保有し、年に4枚の株主優待券。

    子どもたちの往復分として使えるようにしたのです。

    同じ頃、映画が好きだった私は東急レクリエーションの株も購入しました。

    当時は約1,000株保有すると、109シネマズで半年に6回、年間12回映画が観られる、とても魅力的な株主優待がありました。

    長く保有するつもりで購入した二つの株でした。

    ANA株が守ってくれた子どもとの時間

    ANA株は、配当金以上の価値がありました。

    株主優待券のおかげで、繁忙期でも飛行機代を大きく抑えることができました。

    そして何よりありがたかったのが、ANAのキッズサポートサービスです。

    まだ小学生だった子どもたちを、福岡空港から羽田空港までスタッフの方が付き添って送り届けてくださるサービスでした。

    安心して子どもたちを迎えに行ける。

    それだけで、本当に救われました。

    コロナ禍でANAが無配になっても、私は売ることができませんでした。

    株価や配当ではなく、子どもたちとの思い出が詰まった株だったからです。

    東急レクリエーションがくれた一人の時間

    一方、東急レクリエーションも私にとって特別な株でした。

    離婚後、一人で過ごす時間が急に増えました。

    何をしたらいいのか分からず、少し自暴自棄になっていた時期でもあります。

    「このままではいけない。」

    そう思い、ラゾーナ川崎のスポーツジムへ通い始めました。

    そして、ジム帰りに109シネマズで映画を一本観る。

    それが私の日課になりました。

    今では当たり前ですが、当時の私は一人で映画館へ行くことさえ苦手でした。

    株主優待のおかげで、その一歩を踏み出せた気がします。

    さらに、この東急レクリエーションは私にとって初めて売却益をもたらしてくれた株でもありました。

    今では上場廃止となりましたが、私にとって忘れられない銘柄です。

    50代になって変わった株との向き合い方

    今の私は、企業のサービスを実際に利用し、

    「応援したい。」

    そう思える会社の株を買うことが多くなりました。

    配当金だけではありません。

    株主優待だけでもありません。

    その会社の商品やサービスが、自分の生活を少し豊かにしてくれるか。

    そんな視点で投資するようになりました。

    そして、いすゞ自動車での失敗以来、常に心掛けていることがあります。

    それは、

    余剰資金で無理をしないこと。

    そしてもう一つ、大切にしていることがあります。

    それは累進配当や、長く安定して配当を増やし続けてくれる企業へ投資することです。

    若い頃は株価ばかり気にしていました。

    しかし50代になった今は、毎年少しずつでも配当が増えていく安心感に価値を感じるようになりました。

    短期間で大きく儲けることよりも、長く安心して持ち続けられる企業を応援したい。

    そんな投資スタイルが、今の自分には合っているように思います。

    株は人生を少し豊かにしてくれる

    アベノミクスで株価が大きく上昇していく様子を見ながら、私は一つのことに気付きました。

    株が怖いのではありません。

    本当に怖いのは、

    「よく分からないまま、儲かりそうだから始めること」

    でした。

    あのリーマンショックでの失敗があったからこそ、今では何かを始める前に徹底的に調べる習慣が身につきました。

    若い頃の私は、「株はお金を増やすもの」だと思っていました。

    でも50代になった今は、少し考え方が変わりました。

    ANAは子どもたちと過ごす時間をくれました。

    東急レクリエーションは、一人でも前を向くきっかけをくれました。

    そして、リーマンショックで経験した失敗は、今の私の投資の土台になっています。

    若い頃は、株はお金を増やすためのものだと思っていました。

    でも50代になった今は少し違う見方をしてます。

    私にとって株は、お金だけではなく、人生を少し豊かにしてくれる存在だったのです。

    これからも、自分が応援したいと思える企業へ、無理のない範囲で長く投資を続けていきたいと思います。

    人生は終わらない。

    50代

    まだ終わらない。

  • 50代、ボーナスの使い方が変わった|自分のために使える幸せ

    50代、ボーナスの使い方が変わった|自分のために使える幸せ

    30代の頃、ボーナスは生活費でした。

    結婚し、子どもが生まれ、家族を養うことが当たり前。

    自分のために使うという発想すらありませんでした。

    そして50代。

    今年、下の息子の養育費を払い終え、初めて「自分のために使えるボーナス」を手にしました。 お金の額よりも、「どう使いたいか」が変わったことに、自分でも驚いています。

    30代のボーナスは生活費だった

    私は30代の頃、それこそボーナスというものを特別意識して受け取ってはいませんでした。

    結婚していたこともあり、生活の一部という認識でした。

    25歳で結婚し、子どもが生まれ、社会人生活のスタートと家族を養う生活が同時に始まりました。

    生活に追われ、ボーナスはすべて生活費。

    私の手元に残るのは、交渉してもらう数万円のお小遣い程度でした。

    当時はそれが当たり前でしたし、不満もありませんでした。

    あの頃は、ボーナスを楽しみにする余裕よりも、生活を支えるためのお金という感覚の方が強かったと思います。

    そして離婚してからは子供たちの旅費だった。

    離婚後、子どもたちと再会しディズニーで過ごした思い出の家族写真

    離婚して離れて暮らすようになってからは、

    会える時間が限られるようになりました。

    息子は小学校入学の時で、娘が小学校5年生の時に離婚した妻と福岡に帰った。

    それからは休みのたびにボーナスは子供たちの旅費になった。

    お盆などの繁忙期の飛行機代。

    そしてこちらに来た時のディズニーランドやその他の旅行先の費用。

    割引が効かない旅行費はかなり負担だったが、

    ボーナスは、子供たちとの大切な時間をつくってくれました。

    子どもたちとぶどう狩りを楽しんだ夏の思い出。ボーナスでつくった大切な家族との時間

    50代になって初めて「自分のため」に使えるようになった

    今年、下の息子の養育費を払い終え、初めて「自分のために使えるボーナス」を受け取りました。

    その瞬間、

    「今年初めて、ボーナスを『楽しみ』として受け取れた気がしました。」

    そう思いました。

    私の勤める会社は、給料の何か月分というような大企業ではありません。

    それでも、この日をずっと楽しみにしていました。

    ボーナスの額よりも、

    「使い方を自分で決められる。」

    そのことが何よりうれしかったのです。 だから今年は、価値を感じられないものには使わず、本当に自分の人生を豊かにするものへ使おうと決めています。

    ボーナスを使いたいと思った3つのこと

    ① 初めての海外旅行

    一つ目は、人生で初めての海外旅行です。

    行き先は台湾。

    宿泊はマリオットのポイントを使うので宿泊費は抑えられますが、航空券や現地での食事、観光費として使いたいと思っています。

    50代になっても、新しい景色を見たい。

    新しい経験をしたい。

    そんな気持ちは、年齢を重ねても変わりません。

    ② 配当金という未来を買う

    二つ目は、配当金投資です。

    正直、今の株価は決して安くありません。

    それでも配当金が毎年少しずつ増えていく。

    その積み重ねが、今の私にはとても楽しみです。

    10万円、20万円の投資で、毎年何千円かの配当金が増える。

    若い頃なら「たったそれだけ」と思っていたかもしれません。

    でも50代になってからは、一度に大きく増やすことよりも、

    「毎年少しずつ増えていく。」

    そんな積み重ねに価値を感じるようになりました。

    仕事もそうですが、コツコツ積み重ねることは嫌いではありません。

    気付けば給料も少しずつ増え、経験も増え、自分自身の価値も積み重なっていました。 それと同じように、お金も時間を味方につけたいと思っています。

    ③ 母と食事へ行く

    そして、もし少し余ったら、母を食事へ連れて行こうと思っています。

    若い頃は、自分の生活で精一杯でした。

    親へ何かを返す余裕なんてありませんでした。

    でも今なら、小さな恩返しができます。

    そんな時間にも、このボーナスを使いたいと思っています。

    お金の使い方は、生き方そのもの

    30代は、

    生活のために働いていました。

    40代は、

    仕事を覚え、経験を積みました。

    そして50代。

    今は、

    「何にお金を使うか。」

    その選択が人生そのものだと感じています。

    旅行。

    投資。

    家族との時間。

    どれも、お金を減らすことではなく、 人生を豊かにするための使い方です。

    ボーナスは未来への投資

    お金は、

    使えば減ります。

    でも、

    経験や思い出、

    人との時間は、

    人生の財産として残ります。

    だから私は、

    今年のボーナスを、

    未来の自分への投資に使いたいと思っています。

    人生は終わらない。

    50代。 まだ終わらない。

  • 会えるうちに会うを意識したら、人との付き合い方が変わった

    会えるうちに会うを意識したら、人との付き合い方が変わった

    「会えるうちに会う」という考え方

    横浜の夕暮れ。「会いたい人には会えるうちに会いに行く」という想いを重ねた風景。

    前回の記事でも書きましたが、父が亡くなったことは私の人生観を大きく変えました。

    コロナで生死の境をさまよったとき、

    「やりたいことはやる。」

    「言いたいことは言う。」

    そんなことを意識するようになりました。

    そして父を見送ったことで、もう一つ強く思うようになったことがあります。

    「会えるうちに会う。」

    この言葉を以前よりずっと強く意識するようになりました。

    母とは月に一度くらい会う。

    年に一度は旅行へ行く。

    そんなことを少しずつ心掛けるようになりました。

    👉 この考え方のきっかけになった福岡・別府への家族旅行については、こちらの記事で書いています。

    (内部リンク:父の姉と母たちと北九州・別府に旅行に行った話)

    めんどくさがり屋だからこそ意識している

    私は結構めんどくさがり屋です(笑)。

    放っておけば休日は家でゆっくりしてしまうタイプです。

    だからこそ最近は、

    「会いたい人には自分から会いに行こう。」

    そう決めています。

    母や妹。

    息子や娘。

    高校時代の同級生。

    大学時代の友人。

    仕事でお世話になった方。

    頻繁に会う必要はありません。

    でも、

    「また今度。」

    ではなく、

    「今年は会おう。」 そんな意識を持つようになりました。

    久しぶりに会うと、みんな同じだった

    大学時代の友人との久しぶりの再会。同窓会で旧友と語り合ったひととき。(顔はモザイク加工)

    先日も、久しぶりに大学時代の友人と会いました。

    今月末にもまた会う約束をしています。

    一番長く会っていなかった友人とは、卒業以来、実に20数年ぶりの再会でした。

    話し始めると、あっという間に学生時代へ戻ります。

    でも話題は少し変わっていました。

    旦那さんのこと。

    子どものこと。

    親のこと。

    仕事のこと。

    それぞれが、それぞれの悩みを抱えていました。

    その話を聞いていて思ったのは、

    「自分だけじゃないんだ。」

    ということでした。

    こういう話は家族には話しづらい。

    職場でも話しづらい。

    でも昔から自分を知っている友人だからこそ、自然と話せる。 そんな安心感がありました。

    私たち50代だから分かり合えること

    高校の同級生と会っても、

    仕事関係の人と話しても感じることがあります。

    私たち50代は、「就職氷河期世代」「ロストジェネレーション世代」と呼ばれる世代です。

    高校卒業の頃にバブルが崩壊し、

    就職は決して楽ではありませんでした。

    バブル世代の厳しい働き方を見て育ち、

    今度は価値観の違う若い世代と働く。

    時代の変化の真ん中を歩いてきた世代です。

    だからこそ、

    環境が変わっても適応する力。

    困難を乗り越える粘り強さ。

    柔軟さ。

    そんな力が自然と身についたのかもしれません。

    だから同世代と話すと、

    説明しなくても分かり合える感覚があります。

    人と会うと、新しい発見がある

    人と会うと、不思議と新しい発見があります。

    仕事のヒント。

    投資の考え方。

    人生の価値観。

    何気ない会話の中から、新しいアイデアが生まれることもあります。

    だから最近は、

    「忙しいから会わない。」

    ではなく、

    「忙しいからこそ会う。」

    そんな考え方に少しずつ変わってきました。

    👉 私が人生の考え方を大きく変えるきっかけになった「100のやりたいこと」については、こちらの記事で詳しく書いています。

    (内部リンク:100のやりたいことリストを書いた理由|50代で人生を再設計した話)

    大切な人を大切にする

    年齢を重ねると、

    人付き合いは増やすことよりも、

    大切にしたい人を大切にすること。

    その方が大事だと感じています。

    だから、

    会いたい人には会いに行く。

    でも、

    無理をしてまで付き合うことはしない。

    この距離感が、今の私にはちょうど良いようです。

    会えるうちに、会いに行く

    人との時間も、人生そのものです。

    父を見送ってから、

    私は一つだけ決めたことがあります。

    会いたい人には、会えるうちに会いに行く。

    「いつか。」

    「また今度。」

    そう思っているうちに、

    会えなくなることもあります。

    だから私は、

    これからも大切な人との時間を少しずつ積み重ねていきたいと思っています。

    👉 最近は「人生を少し豊かにする」という考え方も大切にしています。ポイントを貯めることではなく、その先にある体験について書いた記事も、よければ読んでみてください。(内部リンク:50代のポイ活は、生活を少し楽しくする)

    人生は終わらない。

    50代。

    まだ終わらない。

  • 50代で母と福岡・別府へ家族旅行|父を見送って変わった人生観

    50代で母と福岡・別府へ家族旅行|父を見送って変わった人生観

    この旅を書こうと思った理由

    このブログのタイトルにもなっている「再設計」。

    私にとって人生を見直すきっかけは、2021年にコロナで生死の境をさまよったことでした。

    「あのまま人生が終わっていたかもしれない。」

    そう思ったことで、生き方や働き方、お金の使い方を少しずつ見直すようになりました。

    そして、その思いをさらに強くした出来事があります。

    2024年、父が亡くなったことです。

    父を見送って気づいたこと

    実は父とは、長い間疎遠でした。

    理由については家族のことなので詳しくは書きません。

    自由に生きた父でしたし、いろいろな思いもありました。

    それでも、亡くなったあとに思ったのは、

    「もう少し一緒に過ごせば良かった。」

    ということでした。

    人はいつまでもそこにいるわけではない。

    頭では分かっていたつもりでした。

    でも、本当に理解したのは父を見送ってからでした。

    母との時間を意識するようになった

    それから私は少し変わりました。

    実家へ顔を出す回数が増えました。

    今では月に一度くらいは帰り、

    年に一度は母と旅行へ出かけています。

    母も70代を超え、

    体の不調も少しずつ増えてきました。

    「動けるうちに、いろいろ行きたい。」

    その言葉を聞くたびに、

    できるだけ叶えてあげたいと思うようになりました。

    父の姉に会いに福岡へ

    そんな中、

    母から

    「お父さんのお姉さんに会いに行きたい。」

    という話がありました。

    父の葬儀にも参列できなかったこともあり、

    母と妹と私の3人で福岡へ向かうことにしました。

    私は父の姉に会うのは、

    結婚式以来。

    約25年ぶりでした。

    父の姉も高齢になり、

    身体も以前のようには動かなくなっていました。

    それでも、

    私たちが訪ねたことを本当に喜んでくれました。

    そして父のことを一緒に悲しんでくれました。

    福岡で過ごした時間は、私にもう一つ気づかせてくれました。

    ポイントは、こういう時のためにある

    前回の記事では、

    「ポイントは人生を少し豊かにする。」

    という話を書きました。

    実は今回も、

    その考え方が役に立ちました。

    航空券はANAマイル。

    ホテルはじゃらんポイント。

    ポイントを利用したことで、

    母に少し良いホテルをプレゼントすることができました。

    私は旅行用のポイントは、

    全部使い切ることはあまりありません。

    「いつか大切な時に使えるように。」

    そんな気持ちで少し残しています。

    今回ほど、

    残していて良かったと思ったことはありませんでした。

    母に見せたかった景色

    別府・杉乃井ホテル宙館の客室。窓から別府湾を望む景色を母と楽しんだ家族旅行。

    宿泊したのは、

    別府の杉乃井ホテル 宙館。

    仕事では何度も別府へ来ていますが、

    家族旅行となると話は別です。

    部屋から見える別府湾の眺望。

    お風呂から見える景色。

    豪華なビュッフェ。

    獺祭やクラフトビールまで楽しめる飲み放題。

    母もとても喜んでくれました。

    杉乃井ホテル宙館の豪華な夕食ビュッフェ。母との家族旅行で楽しんだ思い出の食事。

    「連れてきて良かった。」 その一言で十分でした。

    最後は家族四人で

    帰りは、

    福岡に住んでいる娘とも合流し、

    4人で太宰府天満宮へ行きました。

    福岡・太宰府天満宮で撮影した母、妹、娘との家族写真。50代で大切な時間を過ごした思い出。

    そこで娘に教えてもらったのが、

    「えとや」の梅の実ひじき。

    今では母も私も何度も買うお気に入りです。

    福岡へ行く機会があればぜひ一度食べてみてください。

    まず試したい方はこちら(1袋)

    リピートするなら5個セットはこちら

    ※アフェリエイトを含みます。

    旅には、

    その土地の思い出だけではなく、

    人との思い出も残ります。

    会えるうちに、会いに行く

    父を亡くしてから、

    私は一つだけ決めたことがあります。

    会いたい人には、会えるうちに会いに行く。

    いつか時間ができたら。

    落ち着いたら。

    そう思っているうちに、

    会えなくなることもあります。

    だから今は、

    母との旅行も、

    子どもたちとの時間も、

    以前よりずっと大切にしています。

    旅は景色を見るためだけではありません。

    人に会い、

    その土地を感じ、

    新しい思い出を作る。

    それが、

    明日からまた頑張ろうと思える力になります。

    人生は終わらない。

    50代。

    まだ終わらない。

  • 50代で横浜ベイスターズを応援するという選択|横浜に住んで見つけた新しい楽しみ方

    50代で横浜ベイスターズを応援するという選択|横浜に住んで見つけた新しい楽しみ方

    横浜へ引っ越してから、一つ変わったことがあります。

    それは、横浜ベイスターズが少しずつ気になる存在になったことです。

    正直に言えば、私は昔からベイスターズファンだったわけではありません。

    むしろ前身の太洋ホエールズは川崎を本拠地としていたこともあり、地元では複雑な思いを持つ人も少なくありませんでした。

    私自身もそんな話を耳にする機会があり、「わざわざ応援しなくてもいいかな。」その程度の印象でした。

    子どもの頃は父の影響で西武ライオンズを応援していました。

    当時は川崎市内でロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)の子ども向けチケットが配られていて、ロッテ側の応援席から西武を応援していたこともあります。

    高校生になる頃にはヤクルトスワローズが好きになりました。

    広沢克己選手。

    池山隆寛選手。

    古田敦也選手。

    高津臣吾選手。

    そして野村克也監督。

    西武との日本シリーズは、今でも強く印象に残っています。

    その後は特定の球団を応援することもなく、地方へ出張した際に球場へ立ち寄り、ビールを飲みながら試合を楽しむ程度でした。

    横浜に住んだから見えてきたもの

    ベイスターズカラーに彩られた関内駅と試合前に集まるファン

    横浜へ引っ越してから驚いたことがあります。

    どこの駅へ行っても、ベイスターズのポスターやタペストリーを見かけることです。

    仕事柄、

    「どうやって人を集めているのか。」

    「どうやってファンを作っているのか。」

    そんな視点で街を見る癖があります。

    昔のベイスターズには、正直あまり良い印象がありませんでした。

    以前、ポンパレで安く購入したチケットで観戦した際には、土砂降りの雨の中でも5回成立を優先して試合が続行され、びしょ濡れになって帰った記憶があります。

    それが今では、

    「チケットが全然取れない。」

    そんな話を聞くようになりました。

    川崎のBARでもベイスターズファンが本当に増えました。

    そして先日関内へ行くと、街中がユニフォーム姿の人であふれていました。

    まるでサッカーの試合の日のような熱気です。

    「最近のプロ野球って、こんなに盛り上がっているんだ。」

    そんな驚きがありました。

    球団ではなく、街全体が応援している

    最近はテレビ中継を見る機会も減り、知っている選手も牧秀悟選手や筒香嘉智選手くらいです。

    それでも興味を持った理由があります。

    子どもたちがグッズを身につけ、

    家族連れがユニフォームを着て、

    街全体が同じチームを応援している。

    それは単なる野球人気ではなく、

    横浜という街の文化

    になっているように感じました。

    好きだからこそ、人は人を動かせる

    株式会社DeNAの南場智子社長が、大のベイスターズファンであることを知りました。

    好きだからこそ、

    ファンが何を求めているのか分かる。

    好きだからこそ、

    もっと良くしたいと思える。

    これは仕事でも同じだと思います。

    私は営業の仕事をしていますが、本当に相手のことを考えている人には自然と人が集まります。

    「好き」という気持ちは、人を動かす大きな力になります。

    だから横浜ベイスターズは、今も成長し続けているのだと思いました。

    初めて感じた、横浜スタジアムの一体感

    7月10日。

    ベイスターズ対ジャイアンツ戦を観戦しました。

    初回、いきなり満塁ホームランを浴びて4点ビハインド。

    「今日は厳しいかな。」

    そう思った直後、ベイスターズがすぐに反撃を始めます。

    最後まで点の取り合いとなり、気が付けば夢中になっていました。

    試合そのものも面白かったのですが、それ以上に驚いたことがあります。

    関内駅を降りた瞬間から、ベイスターズ一色だったことです。

    駅から球場まで自然と人が流れ、歩いているだけで気持ちが高まっていく。

    新しくできたBASEGATEには撮影スポットがあり、その先には「BAYSTORE Flagship YOKOHAMA」。

    BASEGATE前のベイスターズ撮影スポットで写真を撮るファン

    試合開始前から、すでに観戦体験が始まっていました。

    仕事柄、

    「導線づくり」

    という視点でも、とても勉強になりました。

    野球を見せるのではなく、体験を売っている

    私が一番驚いたのは、

    野球を見せるだけではなく、球場全体で楽しませていることでした。

    DJが試合を盛り上げる。

    声援を測るファン参加型のイベント。

    ダンス対決。

    横浜スタジアムの大ビジョンと試合中の歓声の音量。

    ホームランで打ち上がる花火。

    勝利の瞬間に球場全体が一つになる演出。

    野球に詳しくなくても楽しめる。

    「また来たい。」

    自然とそう思わせる仕組みがありました。

    売り子さんも笑顔で接客してくれました。

    屋外球場ならではの開放感があります。

    でも、

    屋外で飲むビール。

    夕暮れの横浜スタジアムでビールを楽しみながら観戦する様子

    歓声。

    照明。

    花火。

    横浜スタジアム全体の空気。

    それらを含めて、

    私はベイスターズが好きになりました。

    新しい趣味は、人生を少し豊かにする

    50代になると、新しい趣味はなかなか増えません。

    でも、

    住む場所が変われば、

    見る景色も変わります。

    街を好きになる。

    その街の球団を応援する。

    そんな楽しみ方があってもいい。

    正直、試合が終わる頃には、

    「また来たい。」

    そう思っていました。

    ベイスターズを応援するというより、

    横浜という街の一員になれたような気持ち。

    それが一番うれしかったことです。

    人生を豊かにするのは、大きな出来事ばかりではありません。

    休日に野球を観る。

    街を歩く。

    知らなかった楽しみを見つける。

    そんな小さな積み重ねが、毎日を少し豊かにしてくれるのだと思います。

    そして、横浜には、まだ知らない楽しみがたくさんありそうです。

    人生は終わらない

    50代。

    まだ終わらない。

  • 50代のポイ活は、生活を少し楽しくする

    50代のポイ活は、生活を少し楽しくする

    50代のポイ活は、生活を少し楽しくする

    最近は「ポイ活」という言葉をよく耳にするようになりました。

    ポイントを貯めるために買い物をしたり、何枚ものポイントカードを持ち歩いたり。

    もちろん、それも一つの楽しみ方だと思います。

    でも、私の考え方は少し違います。

    ポイントは貯めることが目的ではありません。

    生活を少し豊かに、少し楽しくするための道具。

    そう考えています。

    以前書いた「焼津グランドホテル」の記事でも紹介しましたが、私はポイントを利用して少し贅沢なホテルに泊まったり、映画を観たり、旅行へ行ったりしています。

    今回は、私が実際に続けているポイントとの付き合い方をご紹介したいと思います。

    ポイントは用途ごとに使い分ける

    ポイントには本当にたくさんの種類があります。

    私が普段利用しているものだけでも

    ・クレジットカード

    ・旅行

    ・動画配信

    ・マイル

    など本当にさまざまです。

    数え始めたらきりがありません。

    だからこそ、一つにまとめるのではなく、用途ごとに使い分けることを意識しています。

    楽天をよく利用する人なら楽天経済圏。

    PayPayをよく使う人ならソフトバンク経済圏。

    自分の生活スタイルに合わせて選ぶことが一番大切だと思います。

    私は「この制度は面白いな」「この仕組みはお得だな」と考えるのが昔から好きなので、いろいろ試しながら自分に合ったものだけを残しています。

    投資にも活かせる三井住友NLゴールドカード

    その中でも特に気に入っているのが、三井住友NLゴールドカードです。

    理由は、クレジットカードでNISAの積立投資ができること。

    私は現在、毎月6万円を積み立てています。

    年間72万円。

    三井住友NLゴールドカードで毎月6万円を積み立てる設定画面

    還元率1%なので、年間7,200円分のポイントになります。

    さらに、

    セブン‐イレブン、ローソン、マクドナルド、ドトールなど、

    対象店舗ではスマートフォンのタッチ決済を利用すると高いポイント還元が受けられます。

    イベント準備などでコンビニを利用する機会が多い私にとって、この還元は地味ですがとても助かっています。

    しかも、そのポイントでさらに投資信託や株式を購入できるのも魅力です。

    SBI証券で投資に活用しているVポイント残高

    ポイントが、次の資産づくりにつながる。 この考え方がとても気に入っています。

    ホテル好きになったきっかけ、マリオットカード

    私のメインカードはマリオット ボンヴォイ プレミアム アメックスです。

    以前は年間150万円の利用で無料宿泊特典がもらえたり、とても魅力的なカードでした。

    現在は制度改定もあり、以前ほどのメリットは感じにくくなりましたが、それでも私がホテル好きになるきっかけを作ってくれた一枚です。

    このカードについては思い入れも強いので、詳しくは別の記事で紹介しています。

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    クレジットカード改悪時代に考える。本当に残したいものは何か

    U-NEXTポイントは「映画館へ行く理由」をくれる

    もう一つ、私が好きなのがU-NEXTです。

    私は昔から、

    アニメ。

    ドラマ。

    映画。

    が大好きです。

    U-NEXTは毎月1,200ポイントが付与されます。

    このポイントを電子書籍やNHKオンデマンドに使うこともできますが、私のお気に入りは映画館のチケットへの交換です。

    「今度の休みに映画でも観に行こう。」

    U-NEXTポイントを映画チケットへ交換した利用履歴

    そんなきっかけを作ってくれるのも、このポイントです。

    ポイントを使って楽しみを増やす。 これも立派なポイ活だと思っています。

    旅行を少し身近にしてくれる、じゃらんポイント

    じゃらんポイントについては、以前「焼津グランドホテル」の記事でもご紹介しました。

    コツコツ貯めたポイントを使って、普段なら少し迷ってしまう価格帯のホテルへ泊まる。

    そのおかげで、オールインクルーシブの焼津グランドホテルにもお得に宿泊することができました。

    ポイントがあることで、「行ってみようかな」と思える。

    そんな後押しをしてくれるのも、じゃらんの魅力だと感じています。

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    ポイントは貯めるためじゃない。焼津グランドホテルで感じた、50代の贅沢な使い方

    ポイントは人生を少し楽しくする

    私は、ポイントを貯めることが目的ではありません。

    ポイントでホテルへ泊まる。

    映画を観る。

    旅行へ行く。

    投資をする。

    そうやって、生活を少し楽しくするために使っています。

    50代になると、若い頃のような派手な贅沢は少なくなりました。

    でも、

    少し良いホテルに泊まる。

    映画館で映画を観る。

    旅行へ出かける。

    そんな小さな楽しみが、毎日の生活を少し豊かにしてくれます。

    だから私は、これからも無理をしてポイントを貯めるのではなく、自分に合った方法で楽しみながら付き合っていきたいと思っています。

    人生は終わらない。

    50代。

    まだ終わらない。

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