投稿者: shinobu_admin

  • 50代で環境を変えるという選択|みなとみらいに住んで1年で感じたこと

    50代で環境を変えるという選択|みなとみらいに住んで1年で感じたこと

    人生を変えたのは大きな決断ではなく、住む場所だった

    昨年の3月から「みなとみらい」に引っ越してきて、あっという間に1年が過ぎた。

    正直、この1年は私にとって何にも代えがたい一年だった。

    この充足感はなかなか言葉で表現できない。

    憧れの街。
    憧れの生活。

    お金が少しかかりすぎること以外は、今のところ大きな不満はない。

    17年住んだ家を手放して選んだ暮らし

    関連記事:
    50代で「みなとみらいに住む」という選択|年収770万円でも実現した方法

    17年間住んだ川崎の自宅を売却し、家賃20万円を超える賃貸へ移る。

    数字だけ見れば無謀に見えるかもしれない。

    私自身も何度も迷った。

    本当にこの選択で良いのか。

    老後資金は大丈夫なのか。

    住宅を持たずに生きていけるのか。

    それでも私は環境を変えることを選んだ。

    今振り返ると、その決断は間違っていなかったと思う。

    少年時代から憧れていた横浜

    以前の記事「私が横浜を好きな理由。気付けば柴田恭兵さんに憧れていた」でも書いたが、、私は少年時代から柴田恭兵さんが演じる人物たちに憧れていた。

    実際に柴田恭兵さんがどこに住んでいるのかは知らない。

    しかし、ドラマの中で見た横浜の景色は、ずっと私の中に残っていた。

    その少年が50代になり、ようやく理想の街で暮らしている。

    人生とは不思議なものだと思う。

    桜木町駅を降りると別世界が広がる

    桜木町駅前から見たランドマークタワーとコスモクロック21の夜景

    桜木町駅を降りると、そこは別世界だ。

    ランドマークタワー。

    インターコンチネンタルホテル。

    コスモクロック21。

    夜になると圧倒的な夜景が広がる。

    何度見ても飽きない。

    歩くことが楽しくなった

    朝の散歩も本当に増えた。

    臨港パークからハンマーヘッド。

    時には赤レンガ倉庫まで。

    休日には山下公園や中華街まで足を延ばすこともある。

    みなとみらいには朝からランニングや散歩をしている人が本当に多い。

    最初は不思議だったが、今ではよく分かる。 この街は歩きたくなる街なのだ。

    みなとみらいの夜景を眺めながら散歩できる遊歩道とベンチ

    ※AIで生成したアニメーションです。

    通勤時間さえ楽しい

    以前はバス停から徒歩4分ほどだった。

    今は桜木町駅まで約1.5キロ。

    横浜駅までも同じくらいある。

    普通なら不便になったと言うのかもしれない。

    しかし不思議なことに全く苦にならない。

    朝はクイーンズスクエアからランドマークを抜けて桜木町へ。

    帰りは横浜駅からポルタ、そごう、はまみらいウォークを通って帰宅する。

    毎日の通勤が少し楽しい。

    引っ越してからの平均歩数は約9,500歩。

    気付けば毎日1万歩近く歩く生活になっていた。

    横浜を遊び尽くしたい

    休日の過ごし方も変わった。

    野毛で飲む。

    関内でランチを食べる。

    中華街を散策する。

    以前なら混雑を避けていた私が、ゴールデンウィークの中華街にわざわざ足を運ぶようになった。

    想像以上の人出だったが、それもまた楽しかった。

    ゴールデンウィークで賑わう横浜中華街の様子

    夏には妹と台湾へ行く予定だ。

    その前にと思い、ランドマークプラザの鼎泰豐にも行ってきた。

    本場台湾との違いを味わうのが今から楽しみである。

    ランドマークプラザ内の鼎泰豐横浜店

    環境を変えると人生は少しずつ変わる

    春夏秋冬のみなとみらいの風景をまとめた写真

    朝のみなとみらい。

    夜のみなとみらい。

    桜のみなとみらい。

    雪のみなとみらい。

    同じ街なのに毎回違う表情を見せてくれる。

    コロナで一度立ち止まった。

    父も亡くなった。

    50代になり、人生には終わりがあることも意識するようになった。

    だからこそ私は環境を変えた。

    住む場所を変える。

    歩く景色を変える。

    付き合う人を変える。

    すると少しずつ考え方も変わっていった。

    人生を大きく変える特別な才能は私にはない。

    でも環境を変えることはできる。

    みなとみらいで過ごしたこの一年は、それを教えてくれた気がする。

    私はこの街で、これからも多くの発見をしながら生きていきたい。

    思っている以上に、これからの人生は長いのだから。

    人生はまだ終わらない。

    50代。 まだ終わらない。

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    ▼人生再設計シリーズ

    私が横浜を好きな理由。気付けば柴田恭兵さんに憧れていた

    50代で「みなとみらいに住む」という選択|年収770万円でも実現した方法

    100のやりたいこと

    ソロキャンプで自分を取り戻した話

    投資はお金より「安心感」だった

  • 私が横浜を好きな理由。気付けば柴田恭兵さんに憧れていた

    私が横浜を好きな理由。気付けば柴田恭兵さんに憧れていた

    以前の記事でも触れたが、私は50年以上生まれ育った川崎を離れ、みなとみらいで暮らすことを選んだ。

    ▶ 関連記事:
    [50代で「みなとみらいに住む」という選択|年収770万円でも実現した方法]

    もちろん学生時代のデートの思い出もある。

    街並みへの憧れもある。

    しかし、それだけでは説明できないほど私は横浜に強く惹かれている。

    なぜなのだろう。

    最近その理由を改めて考えていた。

    すると、一人の人物が浮かび上がってきた。

    そうだ。

    柴田恭兵さんだ。 点と点が繋がる感覚だった。

    あぶない刑事と少年時代

    私は小学校から中学校にかけて「あぶない刑事」の大ファンだった。

    多分、普通ではない。

    タイトルの二字熟語を覚えたり、サングラスを買ったり、ナイロンジャケットを着たり、BB弾のモデルガンを持ったり。

    今思えばかなり痛い少年だったと思う(笑)。

    もちろん作品そのものも好きだった。

    鷹山敏樹(舘ひろし)。

    真山薫(浅野温子)。

    町田透(仲村トオル)。

    あの世界観が好きだった。

    その中でも別格だったのが大下勇次(柴田恭兵)だった。

    セクシー。

    ユーモアがある。

    女好き。

    そのくせ、あまりモテない(笑)。

    そして仲間思い。

    今振り返ると、まさに私の理想像だった気がする。

    そして彼らが活躍する舞台が横浜港警察署だった。 これが私の横浜への憧れの原点だったのかもしれない。

    横浜がおしゃれな街になった日

    ランドマークから見下ろすみなとみらいの観覧車、インターコンチが一望できる夜景。

    さらに考えると、横浜のイメージは柴田恭兵さんのドラマによって作られていった気がする。

    1992年の「子供が寝たあとで」。

    1993年の「大人のキス」。

    この二作品だ。

    当時のみなとみらいは今ほど完成された街ではなかった。

    それでもインターコンチネンタルホテルや港の風景は十分に魅力的だった。

    私の中で、

    横浜=おしゃれな大人の街

    というイメージが作られたのは、この頃だった気がする。

    気付けば柴田恭兵さんの役ばかり好きだった

    最近気付いた。

    私は柴田恭兵さん本人を知っているわけではない。

    だが、柴田恭兵さんが演じる役はずっと好きだった。

    大下勇次(あぶない刑事)

    お茶目で女好き。

    でも仲間思いで情に厚い。

    豊臣秀吉(太閤記)

    人たらしで明るい。

    しかし人の縁を大切にする。

    上杉謙信(風林火山)

    義を重んじる男。

    敵である武田信玄と互いを認め合う姿が格好良かった。

    廣瀬太郎(子供が寝たあとで)

    子供嫌いなのに面倒見が良い。

    そんな不器用さが好きだった。

    丹羽修一(大人のキス)

    大人の友情と恋愛。

    そして主題歌だったオリジナル・ラブの「接吻」。

    私は今でもスナックで時々歌う。

    鷺坂正司(空飛ぶ広報室)

    お茶目で面倒見が良い上司。

    上への根回しも上手い。

    そして奥さんを大切にする。

    芝野健夫(ハゲタカ)

    銀行員でありながら人間味がある。

    企業再生に向き合う姿が印象的だった。

    気付けば人格形成にも影響していた

    気付けば、

    横浜も、

    歴史も、

    投資も、

    好きになったきっかけを辿ると、

    そこには柴田恭兵さんが演じた誰かがいた。

    もちろん、

    私は本当の柴田恭兵さんを知っているわけではない。

    好きなのは、

    柴田恭兵さん本人ではなく、

    柴田恭兵さんが演じた人物たちなのだと思う。

    情に厚く、

    面倒見が良く、

    少しお茶目で、

    そして少し女好き。

    そんな人間になりたいと思いながら、

    気付けば50代になっていた。

    でも、

    今振り返ると悪くない。

    憧れた人物に少しだけ近づけている気がするからだ。

    人生はまだ終わらない。

    50代。

    まだ終わらない。

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    ▼人生再設計シリーズ

    礼文島と宗谷岬で感じたこと

    100のやりたいこと

    ソロキャンプで自分を取り戻した話

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    ダイアナ・ロスのコンサートに行った日

  • 気づいたら叶っていた「最南端」|石垣島と竹富町の話

    気づいたら叶っていた「最南端」|石垣島と竹富町の話

    気づいたら“最南端”へ行っていた

    今回、

    礼文島と宗谷岬へ行ったことで、

    自分の「100のやりたいこと」に新たな目標を追加した。

    ▶ 関連記事:
    [やりたいことが分からない人へ|100のやりたいことリストが人生を変えた話]

    日本最北端の町と島へ。50代、また新しい「やりたいこと」が増えた。

    ・日本最東端へ行く

    ・日本最西端へ行く

    ・日本最南端へ行く

    ・北海道の道の駅ピンズラリー完全制覇

    そんなことを考えながら、

    ふと過去の旅行写真を見返していた。

    すると、

    一つ気づいたことがあった。

    実は自分、

    すでに“最南端”へ行っていたのだ。

    コロナ後に意識的に動くようになった

    コロナ禍で肺が真っ白になって以降、

    自分はかなり意識的に動くようになった。

    「行きたい場所へ行く」

    「やりたいことをやる」

    昔よりも、

    そういう気持ちがかなり強くなった。

    その中で作った

    「100のやりたいことリスト」。

    その中に、

    「沖縄の離島へ行く」

    という項目があった。

    そして2023年4月。

    私は石垣島へ滞在していた。

    後から知った“最南端”

    石垣島からフェリーで、

    竹富町へも訪れていた。

    後から調べて知ったのだが、

    竹富町は日本最南端の町だった。

    つまり、

    自分は気づかないうちに、

    「日本最南端へ行く」

    という目標を達成していたのだ。

    しかも、

    100のやりたいことを書き始める前に笑

    振り返ることで初めて、

    自分がやってきたことに気付くこともある。

    人生は案外、

    もう叶っていることに気付いていないだけなのかもしれない。

    竹富町は日本じゃないみたいだった

    竹富町は小さな島だった。

    でも、

    海が本当に綺麗だった。

    そして、

    赤瓦の建築や石垣の町並みが独特で、

    「本当に日本なのか?」

    と思うような空気感があった。

    時間の流れも、

    本当にゆっくりしていた。

    「ああ、観光地へ来たな」

    そう自然に感じられる場所だった。

    牛車に乗って島を回った

    竹富島の集落を進む水牛車
    赤瓦の街並みを走る竹富島の水牛車観光

    竹富町では、

    牛車に乗って島内を観光した。

    のんびり歩く水牛。

    三線の音。

    ゆっくり流れる時間。

    今振り返っても、

    かなり印象に残っている。

    急ぐことが当たり前になっている日常の中で、

    あの時間だけは、

    時計が止まったような感覚だった。

    最南端証明書を発行しなかった後悔

    ただ、

    後から知ったことがある。

    どうやら、

    「最南端証明書」

    というものがあったらしい。

    完全に見逃した笑

    今思うと、

    発行しておけばよかったとかなり後悔している。

    ツアーで行くと、

    こういうところはちゃんとしている。

    そこは素直に、

    ツアーの凄さだなと思った。

    沖縄の離島はやっぱり良かった

    元々、

    仕事で沖縄本島には何度か行ったことがあった。

    その度に周囲から、

    「離島はいいよ〜」

    と言われていた。

    だから、

    ずっと気になっていた。

    実際に行ってみると、

    本当に良かった。

    西表島へ行けなかった思い出

    西表島のマングローブと自然豊かな川辺の風景

    実は、

    コロナになる前。

    西表島の星野リゾートへ行こうとしていた。

    でも、

    緊急事態宣言が発令され、

    旅行はキャンセル。

    そしてその後、

    自分自身がコロナになった。

    だからこそ、

    沖縄の離島には少し特別な思い入れがある。

    沖縄料理もかなり好きだった

    石垣島で食べた沖縄料理のプレートランチ

    沖縄料理は、

    好き嫌いがかなり分かれる。

    でも、

    自分の口にはかなり合った。

    ソーキそば。

    ゴーヤチャンプルー。

    島豆腐。

    ジーマーミー豆腐。

    ラフテー。

    結局、

    沖縄でもかなり食べまくった笑

    アクティビティも凄かった

    沖縄離島でのシュノーケリング体験

    沖縄の離島は、

    アクティビティも凄かった。

    カヌー。

    シュノーケリング。

    クルージング。

    気づけば、

    本当にあっという間に時間が過ぎていく。

    海に入ると、

    日常の悩みなんてどうでも良くなる。

    あの感覚は沖縄ならではだと思う。

    お土産も山のように買ってしまった

    沖縄限定のお菓子や黒糖など石垣島のお土産

    そして、

    お土産も山のように買ってしまった。

    黒糖。

    シークワーサー。

    島のお菓子。

    沖縄限定商品。

    旅行に行くと、

    毎回「買い過ぎたな」と思う。

    でも、

    帰宅して荷物を開ける時間もまた楽しい。

    沖縄と北海道は“観光地力”が強い

    礼文島と宗谷岬へ行ってから、

    改めて思った。

    日本の北と南は、

    まったく違う景色なのに、

    どちらも人を惹きつける力がある。

    空港に降りた瞬間から、

    空気が違う。

    「観光地へ来た」

    という感覚になる。

    これはかなり大きい。

    沖縄と北海道は、

    日本の中でも特別な観光地だと思う。

    次は波照間島へ行きたい

    ちなみに、

    日本最南端の有人島、波照間島にはいっていない。

    だから、

    「波照間島へ行く」

    を新たに100のやりたいことへ追記した。

    (波照間島へ行ったらこの記事に追記予定)

    100のやりたいことを書き始めて気づいた。

    人生は、

    達成したら終わりではない。

    一つ叶うと、

    また次が見えてくる。

    宗谷岬・礼文島へ行ったから、

    最南端の島そして、最東端と最西端が気になる。

    竹富町へ行ったから、

    今度は波照間島へ行きたくなる。

    そうやって少しずつ、

    自分の地図は広がっていく。

    まだ見たことのない景色が、

    日本にはたくさんある。

    人生はまだ終わっていない。

    50代。

    まだ終わらない。

    今回訪れた石垣島・竹富島は、今でも「また行きたい」と思う大好きな場所です。

    沖縄の離島は、本島とはまた違った時間が流れています。

    もし旅行を計画するなら、私も普段利用している「じゃらん」で宿やプランを比較してみるのがおすすめです。

    じゃらんで石垣島・竹富島の宿を探す

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    沖縄の石垣島のホテルの風景


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    ▼人生再設計シリーズ

    礼文島と宗谷岬で感じたこと

    100のやりたいこと

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    投資はお金より「安心感」だった

    50代でブログとXを始めた理由

    ダイアナ・ロスのコンサートに行った日

  • 好きに影響されて旅する人生|転スラと札幌雪まつりの話

    好きに影響されて旅する人生|転スラと札幌雪まつりの話

    行動派オタクと、人生再設計

    私はかなり影響を受けやすい人間だ。

    好きな作品を見ると、
    実際にその場所へ行きたくなる。

    食べたくなる。

    やってみたくなる。

    いわゆる、
    「行動派オタク」
    なのだと思う。

    そして、
    コロナ禍で肺が真っ白になり、
    死を強く意識してから、
    自分の人生を楽しむことに、
    あまりリミッターがなくなった。

    ▶ 関連記事

    コロナで肺が真っ白になった話
    100のやりたいことに書いたこと

    札幌雪まつりへ行きたい

    元々、
    北海道はかなり好きだった。

    仕事でもプライベートでも、
    何度も行っている。

    だから、
    札幌雪まつりにもずっと興味はあった。

    ただ、
    この時期の北海道は、
    航空券もホテルも異常に高い。

    特に札幌市内は、
    本当に驚くくらい値段が跳ね上がる。

    宿泊はマリオットヴォンヴォイでコートヤードバイマリオットホテルに宿泊した。

    札幌雪祭りで泊まったコートヤードバイマリオット札幌の客室の写真。

    「行きたいなぁ」 とは思っていたが、
    中々踏み切れなかった。

    “転スラ雪像”が決定打だった

    札幌雪祭りの巨大な転生したらスライムだった件の雪像前で記念撮影する筆者。好きな作品に背中を押されて旅を続ける人生を綴った記事。

    ただ、
    2025年のメイン雪像が、
    なんと自分の大好きなアニメ
    「転生したらスライムだった件」
    だった。

    これは、
    もう行かない理由がなかった笑 通常の3倍近い料金を払い、
    すぐ予約した。

    息子がすすめてくれたアニメだった

    「転生したらスライムだった件」は、
    元々息子がすすめてくれたアニメだった。

    ただ正直、
    最初はそこまで期待していなかった。

    「またよくある転生ものだろう」

    「スライムになるってなんだよ笑」

    そんな感じで、
    しばらくスルーしていた。

    でも、
    実際に見始めるとかなりハマった。 今では、
    4期をリアルタイムで追っている。

    “理想を作る”という物語

    物語は、
    通り魔に刺されて亡くなったサラリーマンが、
    異世界でスライムに転生するところから始まる。

    そこでドラゴンとの出会いをきっかけに、
    スライムとは思えない強さと知識を持ち、
    様々な種族と共存しながら、
    理想国家を作っていく。

    もちろん戦闘シーンもある。

    ただ、
    どちらかというと、
    人間ドラマに近い作品だと自分は思っている。

    強さだけでは理想は作れない

    この作品を見ていて、
    かなり刺さった部分がある。

    理想を実現するには、
    やはり「力」が必要だということ。

    でも同時に、
    力だけでもダメだということ。

    特に印象に残っているのが、
    ディアブロがファルムス王国攻略で失敗した時のシーンだった。

    リムルは、
    「誰にだって失敗はある。そのあとどうするかが大事」
    というようなことを言う。

    これを見た時、
    「こういう上司だったら、
    部下もやる気が出るよな」
    と思った。 だから自分も、
    できるだけそうありたいと思っている。

    札幌雪まつりは圧巻だった

    実際に見た札幌雪まつりは、
    本当に圧巻だった。

    巨大な雪像。

    ライトアップ。

    人の多さ。

    そして、
    自衛隊の方々が協力して作っているというスケール感。

    かなり迫力があった。 限定グッズは、
    ほぼ売り切れていて買えなかったが、
    それも含めて人気の凄さを感じた。

    北海道の冬はやっぱり怖い

    ただ、
    北海道の冬はやはり怖い。

    飛行機が飛ばなくなることも普通にある。

    実際、
    自分が行った時は奇跡的に天候が安定していた。

    だが、
    帰った次の日から、
    千歳空港は欠航が続いていた。

    だから、
    今回が人生初の“冬の北海道”だった。

    北海道グルメも満喫した

    今回は、
    一緒に行った友人が北海道初上陸だったこともあり、
    自分の好きな店をかなり詰め込んだ。

    今では超人気店になってしまった、
    ジンギスカンの「フクロウ亭」。

    雪祭りで食べたすすきのの人気ジンギスカン「ふくろう亭」の写真。
    フクロウ亭のジンギスカンを焼いてる写真。

    寿司。

    空港のスープカレー。

    やはり北海道の食は強い。

    友人もかなり満足してくれたようだった。

    すすきのエリアの氷像も綺麗で、
    札幌雪まつりは、
    機会があればまた行きたいと思えるイベントだった。

    好きが人生を動かしていく

    振り返ると、
    自分は昔から、
    好きな作品にかなり影響されて生きてきた。

    銀の匙。

    転スラ。

    水曜どうでしょう。

    おにぎりあたためますか。

    そして、
    あぶない刑事。

    そうやって、
    好きなものに背中を押されながら、
    色々な場所へ行き、
    色々な景色を見てきた。

    まだ見たことのない景色が、
    日本にはたくさんある。

    人生はまだ終わっていない。

    50代。
    まだ終わらない。

  • 人生に影響を与えたアニメと北海道の話

    人生に影響を与えたアニメと北海道の話

    元々かなり“オタク気質”だった

    元々、私はかなりオタク気質だ。

    そして、
    昔からいろいろなものに影響を受けやすい性格でもある。

    「これ面白そう」
    と思うと、
    実際に行ってみたくなる。

    食べてみたくなる。

    やってみたくなる。

    そんな性格だ。

    今振り返ると、
    自分の人生は、
    そういう“好き”にかなり影響されてきた気がする。

    北海道にハマったきっかけは大泉洋さんだった

    北海道にハマったきっかけも、
    大泉洋さんの影響がかなり大きい。

    1997年頃、
    テレビ朝日系の深夜番組「パパパパPUFFY」で、
    「北海道が生んだ大スター」
    として紹介されていたのが、
    なんとなく記憶に残っていた。

    ただ、
    当時はそこまで強く意識していたわけではない。

    その後、
    2000年代にTVKで放送されていた
    「水曜どうでしょう」にハマった。

    さらに、
    同じくTVKで放送されていた
    「おにぎりあたためますか」
    にもめちゃくちゃハマった。

    これが、
    自分の北海道グルメ旅の原点だったと思う。

    “おにぎりあたためますか”に影響を受けた

    大泉洋さん、
    戸次重幸さん、
    そして佐藤麻美さん。

    3人が車に乗って、
    ただひたすら美味しいものを食べながら旅をする。

    それだけなのに、
    めちゃくちゃ面白かった。

    同年代、
    そして独身だった3人が、

    カラオケを歌い、
    観光地へ行き、
    美味しいものを食べ、
    ただ旅を楽しむ。

    その空気感が本当に好きだった。

    最初は北海道中心だった。

    道南、
    道北、
    道東、
    道央。

    でも、
    大泉洋さんや戸次さんが全国区になるにつれ、
    番組も全国を旅するようになった。 佐藤麻美さんが、
    結婚・出産・昇進などを経て番組を離れてからは、
    少しずつ見る機会も減ってしまったが、
    自分に与えた影響はかなり大きい。

    北海道グルメ旅の原点

    この番組に影響を受けて、
    自分はかなり北海道を回った。

    虎杖浜のたらこ屋さん。

    虎杖浜たらこ家のたらこ丼
    おにぎりあたためますか出演者のサイン

    そして、
    今では超人気店になった
    「麺屋 彩未」。

    行列ができる札幌の人気ラーメン店麵屋彩未

    そういうお店も、
    この番組を見て訪れた場所だ。

    今思えば、
    自分の北海道食べ歩き人生は、
    ここから始まったのかもしれない。

    銀の匙にめちゃくちゃハマった

    北海道で馬と触れ合う筆者
    銀の匙のキャラクター展示と関連グッズ

    そして、
    もう一つ大きく影響を受けた作品がある。

    「銀の匙 Silver Spoon」

    だ。

    札幌の進学校に通っていた八軒勇吾が、
    受験挫折をきっかけに、
    帯広の農業高校へ進学する物語。

    酪農。

    畜産。

    命。

    食。

    経済。

    現実。 かなり重いテーマも扱っているのに、
    ギャグも多く、
    すごく見やすい作品だった。

    “食べる”ということを考えさせられた

    この作品を見て一番刺さったのは、

    「酪農は遊びではなく、
    完全な経済活動」

    という現実だった。

    ただ同時に、

    ・正解は一つではない
    ・やり方も人それぞれ
    ・全部を完璧にやる必要はない

    ということも描かれていた。

    畜産は、
    人が主ではなく、
    動物に人間が合わせる世界。

    だからこそ、
    正解に辿り着く方法も、
    人それぞれでいい。 この考え方は、
    仕事でも人生でもかなり通じる気がした。

    影響を受けて、実際に帯広へ行った

    そして私は、
    この作品に影響を受けて、
    2016年に実際に帯広へ行った。

    ばんえい競馬を見て、
    グッズも買った。

    帯広ばんえい競馬のレース風景
    銀の匙帯広限定グッズ売り場

    当時の写真も、
    まだPCの中に残っている。

    今見ると、
    「ああ、本当に好きだったんだな」
    と思う。

    聖地巡礼が流行り始めた時代

    2016年は、
    新海誠監督の映画
    「君の名は。」
    が大ヒットした時代でもある。

    ちょうど、
    “聖地巡礼”
    という言葉が、
    一気に広がり始めた頃だった。

    だから、
    自分も完全にその流れだったと思う。

    好きな作品を見て、
    実際にその場所へ行く。 昔から、
    自分は

    そういうことがかなり多い。

    行動派オタクなのかもしれない

    昔から自分は、
    「好き」にかなり人生を動かされてきた。

    北海道にハマったのもそうだし、
    今こうして横浜に住んでいるのも、
    振り返れば「あぶない刑事」の影響がかなり大きい気がする。

    行動派オタク。

    たぶん、
    それが自分なのだと思う。

    そうやって北海道がどんどん好きになり、
    今回、
    まだ行ったことのなかった
    道北・礼文へ行くことになった。

    まだ見たことのない景色が、
    日本にはたくさんある。

    北海道旅行を検討している方はこちらから探してみてください。

    北海道のホテルを探す(じゃらん)

    人生はまだ終わっていない。

    50代。
    まだ終わらない。

  • 再びKアリーナへ ~50代になって初めてわかった“推し活”の気持ち~

    再びKアリーナへ ~50代になって初めてわかった“推し活”の気持ち~

    Kアリーナ横浜で開催されたゆずのライブ「心音」の開演前の会場風景

    再びKアリーナへ

    再びKアリーナへ向かった。

    実は前回のダイアナ・ロスのコンサートよりも、こちらの方が先に申し込んでいた。

    みなとみらいに住み始めてから、せっかくならKアリーナに行ってみたいと思った。

    そこでKアリーナクラブの案内を見ていた時に目に入ったのが、ゆずのアコースティックライブだった。

    横浜出身。

    知っている曲も多い。

    そして何よりアコースティックライブなら、ライブ慣れしていない自分でも楽しめそうだと思った。

    そんな軽い気持ちで申し込んだ。

    推し活ガチ勢の部下たち

    ただ、実はもう一つ理由があった。

    以前ダイアナ・ロスのコンサートの記事でも少し書いたが、私の部下たちは本当に“推し活ガチ勢”なのである。

    1人はK-POP。

    もう1人はジャニーズ。

    ツアー全通。

    チェキ会。

    海外イベント。

    全国どころか海外まで追いかけていく。

    正直、管理職としては頭を抱えることも多い。

    イベント業なので土日が忙しい。

    「またライブですか?」

    「また遠征ですか?」

    そんな会話も珍しくない。

    シフトを組む立場としては大変だ。

    でも、ある時ふと思った。

    そこまで夢中になれるものがある人生は、実はかなり幸せなのではないか。

    自分はそこまで何かを追いかけたことがあっただろうか。

    だからこそ、ライブという空間そのものに興味を持ったのかもしれない。

    そして6月6日、再びKアリーナへ

    そんなことを考えながら、6月6日、再びKアリーナへ向かった。

    会場へ近づくにつれ、前回のダイアナ・ロスとは明らかに違う空気を感じた。

    人の数が多い。

    黄色いニット帽。

    ゆずのグッズ。

    会場周辺の熱量が違う。

    そして何より驚いたのはファン層だった。

    子どもから年配の方まで。

    男性も女性も。

    本当に幅広い。

    「ゆず」という存在が世代を超えて愛されていることを、その時初めて実感した。

    初めて買ったライブグッズ

    今回の席はLevel5。

    正直、最初は少し残念な席かと思った。

    ところが実際はバルコニー席で非常に快適だった。

    ゆったり座れる。

    見やすい。

    通路側だったので連れが開演ギリギリになっても助かった。

    そして人生で初めてライブグッズも買った。

    周囲の人が持っていたタオルが気になって、思わず購入してしまった。

    自分でも少し驚いた。

    ゆずライブの記念に購入したマフラータオルを手にする筆者

    ライブというものを勘違いしていた

    ライブが始まって最初に思ったことがある。

    私はライブというものを何も分かっていなかった。

    勝手に有名曲ばかり歌うものだと思っていた。

    ところが今回のライブは、2026年3月に発売されたアルバム「心音」を中心に構成されていた。

    事前に聞きこんでいれば、もっと違う楽しみ方が出来たかもしれない。

    私のようにこれからライブに行く方は一度聞いてから参加することをおすすめしたい。

    ▶ Amazonで『心音』を見てみる

    ※アフェリエイト広告を含みます。

    知っている曲は20曲近くの中で4曲ほど。

    それでも不思議なくらい楽しめた。

    なぜだろう。

    それは曲だけではなく、二人の姿勢そのものに魅力を感じたからだ。

    私なりに感じた魅力は次の6つだった。

    ・横浜を大切にしていること

    ・初心を忘れていないこと

    ・ファンを大切にしていること

    ・会場全体を楽しませようとしていること

    ・常に新しい挑戦を続けていること

    ・感謝を忘れていないこと

    横浜から始まった物語

    ゆずは伊勢佐木町モールの路上ライブから始まった。

    今回のライブでは当時の映像やカセットテープ販売の演出もあった。

    さらに驚いたのは、音響を使わずに2万人以上の観客の前で生歌を披露したことだった。

    会場全体が静まり返り、誰もが聴き入っていた。

    あの瞬間は本当に鳥肌が立った。

    Kアリーナ横浜のゆずライブ会場入り口に並ぶ伊勢佐木モールの祝いの花

    ファンとの距離が近いライブ

    ファンとの距離感も素晴らしかった。

    遠方から来た人との会話。

    客席との掛け合い。

    会場全体を巻き込む演出。

    「よこはMAX」という掛け声を会場全体で録音し共有する演出も印象的だった。

    ただ歌うだけではない。

    会場全員でライブを作っている。

    そんな空気があった。

    同世代だからこそ感じたこと

    そして最後に一番印象に残ったこと。

    北川さんも岩沢さんも49歳。

    私とほぼ同世代だ。

    それでもステージの最後に深く頭を下げていた。

    あれはその場だけのパフォーマンスではない。

    長年積み重ねてきた姿勢なのだと思う。

    成功しても感謝を忘れない。

    長く続ける人には理由がある。

    50代。まだ終わらない

    50代になると、どうしても過去の実績に頼りたくなる。

    でも二人は今も挑戦している。

    今も学んでいる。

    今も感謝している。

    だからこそ、多くの人に愛され続けているのだろう。

    私もそうありたい。

    初心を忘れず。

    新しいことに挑戦し。

    感謝を忘れずに生きていきたい。

    人生はまだ終わっていない。

    50代。

    まだ終わらない。

  • 100のやりたいことで旅した道北・礼文島の旅で道中読んでいた本

    100のやりたいことで旅した道北・礼文島の旅で道中読んでいた本

    今回の旅はかなり移動が多かった。

    飛行機。
    そして、
    稚内→利尻島→礼文島→稚内。

    フェリー移動も長く、
    本を読む時間がかなりあった。

    キャンプをしながら、
    映画やアニメを見ることも多いが、
    本を読むこともかなり多い。

    比較的、
    私は本が好きな方だと思う。
    漫画も含めて。

    以前ブログで、
    私はドラマや映画、アニメにかなり影響を受けると書いた。

    でも正直、
    影響を受けるのは映像作品だけではない。

    本や漫画からも、
    かなり影響を受ける。

    要は、
    昔から“影響を受けやすい性格”なのだと思う。

    ただ、
    その一方で、
    かなり疑い深いし警戒心も強い。

    とりあえずやってみる。

    でも、
    合わなければすぐやめる。

    深追いもしない。 そんな性格だ。

    50代になって小説を読むようになった

    40代の頃は、
    ビジネス本や自己啓発本をかなり読み漁った。

    仕事。
    マネジメント。
    成功法則。
    習慣。
    投資。

    そういうものばかり読んでいた。

    でも50代になってから、
    そういった本より、
    小説を読むことが増えた。

    物語を読む。

    想像する。

    登場人物に感情移入する。

    そして、
    自分自身を重ねる。 今の自分には、
    そういう時間がなんとなく心地いい。

    心が動いた小説たち

    最近読んで、
    かなり心が動いた作品がある。

    町田そのこさんの
    「52ヘルツのクジラたち」。

    虐待を受けた女性が、
    自分と同じように傷ついた少年を助けようとする話だ。

    そして、
    小川糸さんの
    「ライオンのおやつ」。

    余命宣告を受けた主人公が、
    瀬戸内のホスピスで過ごす物語。

    細かい内容は正直かなり忘れている。

    でも、
    「心が動いた」
    という感覚だけは残っている。

    細かい内容は正直かなり忘れている。

    でも、
    「心が動いた」
    という感覚だけは残っている。

    ▶ 実際に読んだ「52ヘルツのクジラたち」はこちら

    物語って不思議だ。

    読む年齢。

    その時の人生。

    置かれている環境。

    それによって、
    同じ作品でも感じ方が全然変わる。

    そこが本当に面白い。

    「3匹のおっさん」で感じた“居場所”

    最近、
    有川浩さんの
    「3匹のおっさん」
    を読んだ。

    今振り返ると、
    自分が最近よく考えている
    「サードプレイス」
    という考え方にも、
    この作品はかなり影響している気がする。

    定年を迎えた幼馴染3人組が、
    居酒屋に集まりながら、
    街の自警団のような活動をしていく話だ。

    仕事ではない。

    家族でもない。

    でも、
    自然と集まれる仲間と場所がある。

    それだけで、
    人はかなり安心できるのだと思った。

    作中では、
    高齢者を狙ったキャッチセールスなども描かれている。

    孤独な老人が、
    少し優しくされることで、
    どんどんハマっていく。

    その描写が妙にリアルだった。

    ▶ 実際に読んだ「3匹のおっさん」はこちら

    やはり、
    人は孤独になると弱い。

    だからこそ、
    どう生きるか。
    どう人とつながるか。

    それが今後の人生ではかなり大事なのだと思う。

    「イン・ザ・メガチャーチ」が妙にリアルだった

    朝井リョウ「イン・ザ・メガチャーチ」を旅先で読んでいる様子

    最近読んで、
    かなり考えさせられたのが、
    朝井リョウさんの
    「イン・ザ・メガチャーチ」
    だった。

    世代を超えて読み継がれる名作、
    というタイプではないかもしれない。

    でも、
    “今”
    の空気感がかなりリアルだった。

    推し活。

    承認欲求。

    孤独。

    家族との距離感。

    そういう現代っぽさが、
    かなり詰まっていた。

    登場人物の男性は47歳。

    離れて暮らす娘は大学生。

    この設定が、
    自分とかなり重なった。

    私にも、
    福岡に暮らす息子と娘がいる。

    話したいことはたくさんある。

    でも、
    実際どう聞いていいかわからない。

    LINEも、
    どう送ればいいかわからない。

    会いに行く前の連絡。

    誕生日のおめでとう。

    「何か欲しいものある?」

    そんなLINEくらいしか送れていない。

    でも、
    これは子どもだけではない。

    会社の部下との関係も、
    どこか似ている気がする。

    気づけば、
    ずっと仕事ばかりしてきた。

    50代あるあるなのかもしれない。 もしコロナになっていなかったら、
    こんなことを考えることもなく、
    今もずっと仕事だけしていた気がする。

    ▶ 実際に読んだ「イン・ザ・メガチャーチ」はこちら

    これからは“仕事以外”も増やしていきたい

    私は飽き性だ。

    でもその分、
    色々なことに興味を持てる。

    だからこそ、
    年を取ってから困らないように、
    今のうちから色々なものに触れていきたいと思っている。

    共通の趣味。

    共通の話題。

    仕事ではない人間関係。

    そういうものを、
    仕事をしながら少しずつ増やしていきたい。

    人生はまだ終わっていない。

    50代。 まだ終わらない。

  • 日本最北端の町と島へ。50代、また新しい「やりたいこと」が増えた。

    日本最北端の町と島へ。50代、また新しい「やりたいこと」が増えた。

    コロナ禍で人生を再設計し始めた

    自分はコロナ禍で、一度かなり強く「死」を意識した。

    そこから、
    「このままの人生でいいのか」
    「本当にやりたいことは何なのか」
    を考えるようになり、人生を再設計し始めた。

    このブログタイトルの「正直な再設計」も、そこから来ている。

    ▶ 関連記事:
    [50代でブログとXを始めた理由|人生再設計の発信]

    仕事だけではなく、
    旅、趣味、人間関係、お金の使い方、生き方。

    50代になって、改めて人生を見直すようになった。

    父が亡くなって、さらに死を意識するようになった

    2024年5月、父が他界した。

    父とは訳あって疎遠だった。
    別に嫌いだったわけではない。
    ただ、どうしても合わない部分があった。

    出張帰り、妹から急な電話があった。
    父が危篤だという連絡だった。

    急いで病院へ向かったが、もう間に合わなかった。

    久々に会った父は、だいぶ年老いていて、昔知っていた父とは少し違う人のように見えた。

    結婚して、離婚して、仕事して。
    毎日普通に生活していると、親という存在はずっとそこにいるような気がしてしまう。

    でも、そうではない。

    自分も、親も、確実に年を取っている。 そういう年齢になったのだと、改めて実感した出来事だった。

    「今度でいいや」をやめるようになった

    この日を境に、自分の考え方は少し変わった。

    「仕事で行けない」ではなく、できるだけ母や妹たちと会うようにした。

    実家にも積極的に顔を出すようになったし、この前は和歌山・熊野古道にも一緒に行った。

    母が「行きたい」と言った場所には、できるだけ連れて行くようにしている。

    父の姉もまだ元気なので、福岡へ会いに行き、別府温泉にも行った。

    母は、自分と違って一人でどこかへ行くのがあまり得意なタイプだ。 だからこそ、今はできるだけ一緒に出掛けるようにしている。

    2016年、家族で行った北海道旅行

    今回の道北旅行も、実は母が以前から「行きたい」と言っていた場所だった。

    北海道好きの自分は、2016年にも母と妹を連れて北海道旅行を企画したことがある。

    当時は自分で旅の栞まで作っていた。

    今見ると少し恥ずかしいが、それだけ楽しみにしていたのだと思う。

    2016年の北海道旅行のしおりの表紙
    2016年北海道旅行の旅程表

    母も妹も、その時の北海道旅行をかなり気に入ってくれていた。

    「また北海道行きたいね」

    そう言っていたのを、ずっと覚えていた。 あの頃より、自分も母も10歳年を重ねた。

    日本最北端の町と島へ

    今回は農協さんのツアーだったが、礼文島まで行ける割にはかなり安いプランだったので申し込むことにした。

    仕事でもプライベートでも北海道には何度も行っているが、道北は今回が初めて。

    かなり心が躍った。

    日本最北端の町・稚内。
    日本最北端の地・宗谷岬。

    そして、日本最北端の島・礼文島。

    さらに、利尻富士と利尻昆布で有名な利尻島。

    日本最北端の地・宗谷岬のモニュメント
    日本最北端到着証明書を手に持つ様子
    フェリーから見た利尻富士の風景

    ツアーということもあり、バス移動とフェリー移動が中心で、移動時間はかなり長かった。

    母も帰るなり「疲れたー」と言っていた。

    でも、それ以上に楽しかったようで、

    「生きているうちにまた旅行に行きたい」

    と言っていた。

    この言葉には弱い。

    やっぱり、体が動くうちに。
    元気なうちに。 またどこかへ行くことになるんだろう。

    利尻富士と、人生トップクラスのソフトクリーム

    今回は最初から天気予報があまり良くなかった。

    かなり風も強かった。

    それでも大崩れすることはなく、晴れ間が見えた時間もあった。

    姫沼から見えた利尻富士は本当に最高だった。

    姫沼から見た利尻富士と湖の景色
    礼文島到達証明書

    あと、自分はかなりのソフトクリーム好きなのだが、途中で寄った「道の駅ピンネシリ」のソフトクリームは、間違いなく人生トップ3に入るレベルだった。

    これだから旅も、食もやめられない。

    道の駅ピンネシリのソフトクリーム

    道の駅ピンバッジと、新しい100のやりたいこと

    北海道には「道の駅ピンバッジ」というものがあり、自分は昔から集めている。

    今回も3か所の道の駅を回り、またコレクションを増やすことができた。

    北海道道の駅ピンズラリーの台紙とコレクション

    そして今回。

    礼文島と宗谷岬へ行ったことで、自分は日本最北端の「町」と「島」へ行くことができた。

    そこで、新しい「100のやりたいこと」を思いついた。

    日本最東端。
    日本最西端。
    日本最南端。

    そして北海道道の駅ピンズラリーを完成させること。

    その「町」と「島」に行く。

    まだ行ったことのない「端」が、日本には残っている。

    まだ知らない日本が、そこにはある。

    これを、新たに「100のやりたいこと」へ追記した。

    ▶ 関連記事:
    [やりたいことが分からない人へ|100のやりたいことリストが人生を変えた話]

    まだ見たことのない景色が、日本にはたくさんある。

    人生はまだ終わっていない。

    50代。 まだ終わらない。

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    ▶︎ 50代でブログとXを始めた理由|人生再設計の発信
    ▶︎ 50代でソロキャンプを始めた理由|自分を取り戻した話
    ▶︎ 投資はお金より「安心感」だった|50代の人生再設計

  • 人生はまだ途中だった|50代でダイアナ・ロスのコンサートへ行った夜

    人生はまだ途中だった|50代でダイアナ・ロスのコンサートへ行った夜

    Kアリーナ横浜の外観とダイアナ・ロスコンサート来場者の様子|50代で初めてのライブ体験

    コンサートを少しなめていた

    実際に5月23日、
    Kアリーナ横浜で開催されたダイアナ・ロスのコンサートへ行ってきた。

    私は正直、
    コンサートというものを少しなめていた。

    みなとみらいに住んでいるので、
    Kアリーナは遠くから何度も見ていた。

    でも実際に近くまで行くと、
    その大きさと存在感に圧倒された。

    2万人を収容する巨大な会場。

    人の流れ。

    熱気。

    そして、
    年齢層の高さにも少し驚いた。

    60代〜70代くらいの方が多い印象で、
    アメリカンな服装の方や、
    少しやんちゃそうな年配の方も多かった。

    「ああ、本当に長年愛されてきた人なんだな」 と、その時点で空気が違った。

    ダイアナ・ロス「Diana in Motion Japan 2026」Kアリーナ横浜公園の入り口前

    グッズはすでに売り切れていた

    開演は18時。

    私は16時40分頃、
    徒歩で会場へ向かった。

    かなり早めに行ったつもりだった。

    だが、
    Tシャツはすでに売り切れていた。

    本当は記念に買いたかった。

    でも、
    キャップやトートバッグは、
    まだ自分が使う姿を想像できず、
    今回は見送った。 私は、
    まだ“コンサート文化初心者”だった。

    チケット価格にも驚いた

    チケットもかなり悩んだ。

    A席が18,000円。

    S席が28,000円。

    SS席とバルコニー席が37,000円。

    ゴールド指定席は67,000円。

    しかも特典付き。

    正直、
    最初はかなり驚いた。

    「コンサートってこんな世界なのか」

    と。

    今回はS席を選んだ。

    LEVEL3というエリアで、
    正面からかなり見やすい席だった。 結果的には大正解だったと思う。

    Kアリーナの“音”は別世界だった

    Kアリーナ横浜のダイアナ・ロスコンサート開園前の会場内のステージ

    入場時には、
    手荷物検査と金属探知機。

    これも初めての体験だった。

    席に着くと、
    椅子は折りたたみ式で、
    思った以上にコンパクト。

    人が通る時は立たないと通れないくらい、
    かなり密集している。

    でも、
    18時になり音が鳴った瞬間、
    空気が変わった。

    音響がとにかく凄い。

    身体に直接響いてくる。 私は終始圧倒されていた。

    “立たなくても楽しめる”という安心感

    ただ、
    アリーナ席のように、
    ずっと立って盛り上がるのは、
    正直かなり大変そうだとも感じた。

    私は、
    「みんなが立っているから立つ」
    という空気が少し苦手だ。

    でも、
    座ったままでも十分楽しかった。 それもまた、
    自分なりの楽しみ方なのだと思う。

    Spotifyで予習していて本当に良かった

    事前にSpotifyで予習していたのも大きかった。

    もちろんフリープランだが、
    かなり曲を覚えられた。

    1曲目は
    「I’m Coming Out」。

    そこから、
    The Supremes時代の名曲、

    「Baby Love」

    「You Can’t Hurry Love」

    などが続く。

    そして特別ゲストとして、
    YOSHIKIさんが登場。

    クリスタルピアノとの共演で歌われた

    「If We Hold On Together」

    これは本当に良かった。

    最後の
    「I Will Survive」では、
    会場全体が一体感に包まれていた。

    1階席も総立ちだった。 私は座ったままだったが、
    心の中ではかなり盛り上がっていた。

    “知らない世界”は、行ってみると面白い

    洋楽が特別好き、
    というわけではない。

    でも、
    昔のドラマやCMで聴いた曲が流れると、
    自然と記憶が蘇る。

    懐かしい。

    そして楽しい。

    そんな感覚だった。

    今回一番感じたのは、

    「先入観を捨てて飛び込むと、
    世界は思った以上に広がる」

    ということだった。

    コンサートなんて、
    自分には関係ないと思っていた。

    でも実際に行ってみると、
    全然違った。

    知らない世界には、
    知らない楽しさがある。 50代になって、
    またひとつ世界が広がった気がする。

    50代で初めてのことをする

    6月には、
    ゆずのクラシックコンサートにも行く予定だ。

    こちらは着席型らしいので、
    少し安心している。

    人生もまだ途中なのだと思う。

    若い頃は、
    「今さら」
    と思っていた。

    でも50代になると逆に思う。

    「今だからこそ、
    やってみよう」

    と。

    知らない世界は、
    まだまだたくさんある。

    コンサートも、
    その一つだった。

    人生はまだ終わっていない。

    50代。 まだ終わらない。

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  • 50代,Kアリーナ横浜に惹かれた理由|ダイアナ・ロスという選択肢

    50代,Kアリーナ横浜に惹かれた理由|ダイアナ・ロスという選択肢

    感情はある。でもどこか達観している

    私は感情の起伏が大きい方だと思う。

    うれしい時は喜ぶ。

    嫌なことには怒る。

    悲しい時は泣くし、
    楽しい時はちゃんと笑う。

    決して感情表現が苦手なわけではない。

    でも、
    どこか達観している部分もある。

    例えば恋愛でも、
    昔から自分自身を少し遠くから見ている感覚があった。

    当事者なのに、
    どこか客観視している。

    離婚した時も、
    メンタルはかなり引きずった。

    でも同時に、
    「まあ、しょうがないか」
    と受け入れている自分もいた。

    だから私は、

    「好きで好きでしょうがない」

    という感覚が、
    正直あまりよく分からない。

    「推し活」がよく分からなかった

    私は、
    いわゆる「推し活」というものがよく分からない。

    もちろん、
    好きな音楽はある。

    カラオケも好きだ。

    でも、
    コンサートというものには、
    人生でほとんど縁がなかった。

    そんな私に、
    ここ数年で20代の部下が二人できた。

    一人はK-POPの追っかけ。

    もう一人はジャニーズの追っかけ。

    何口もファンクラブに入り、
    全国へライブに行く。

    正直、
    気持ちはまったく分からない。

    でも逆に、
    私は少し興味を持った。

    「コンサートって、そんなにすごいものなのか」と。

    Kアリーナ横浜に惹かれた

    私はみなとみらいへ引っ越してから、
    ずっと気になっていた場所がある。

    Kアリーナ横浜だ。

    会社帰り。

    休日。

    ライブ終わりの人たちが、
    ものすごい数で駅へ向かっていく。

    私はそれを見ながら、

    「この施設を体験してみたい」

    と思うようになった。

    だから最初に入ったのは、
    アーティストのファンクラブではない。

    Kアリーナクラブだった。

    その話をすると、
    部下には笑われた。

    「順番おかしいですよ」

    と。

    でも私の中では、
    まず“Kアリーナに行きたい”が先だった。
    コンサートは、
    その次だった。

    ダイアナ・ロスという選択

    Kアリーナクラブに入り、
    送られてくる先行販売情報を見ていた。

    その中で、
    私の心が動いた。

    ダイアナ・ロス。

    82歳。

    11年4か月ぶりの来日公演。

    私は思った。

    「これはもう、
    次はないかもしれない」

    と。

    その気持ちが、
    背中を押した。

    エンタメ大国アメリカの、
    レジェンド級の歌姫。

    Kアリーナの音響も体験できる。

    私が知っている曲は、

    「If We Hold On Together」
    「Baby Love」

    そのくらいだった。

    帰宅後、昔のベストアルバムを流しながら余韻に浸っていた。

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    私が知っていた曲は多くない。
    でも、だからこそ逆に、
    「もっと聴いてみよう」
    と思えた気がする。

    だから少し不安もあった。

    本当のファンのように、
    心から楽しめるのだろうか。
    そんなことも考えていた。

    “体験してみる”ということ

    6月には、
    ゆずのクラシックコンサートにも行く予定だ。

    こちらは座って聴けるらしいので、
    少し安心している。

    そして私は、
    50代にして初めてコンサートへ行った。

    さらに後から知ったのだが、
    Kアリーナクラブには、
    ヒルトン横浜のエグゼクティブラウンジ利用プランまであったらしい。

    正直、
    申し込めばよかったと少し後悔している。

    でも、
    そういうことも含めて面白い。

    私は今、
    音楽そのものだけではなく、

    「体験」を楽しみ始めている気がする。

    50代で初めてのことをする

    50代で初めてのことをする

    若い頃は、
    「今さら」
    と思っていた。

    でも50代になると逆に思う。

    「今だからこそ、
    やってみよう」

    と。

    人生は、
    経験したことだけではできていない。

    やっていないことの方が、
    まだまだ多い。

    だから私は、
    これからも少しずつ、
    やったことのないことを経験していきたいと思う。

    感じたままを、
    ここに記していきたい。

    人生はまだ終わっていない。

    50代。

    まだ終わらない。

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