100のやりたいことリストを書いた理由|50代で人生を再設計した話


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以前書いた「100のやりたいこと」。

これは当時の自分が作ったドリームボードだ。


写真や目標を見える形にしておくと、日々の意識がかなり変わります。

ドリームボードに使えるA3アクリルフォトフレームを見る

一見「やりたいこと」を並べているように見えるが、
今振り返ると、これは“理想の人生の設計図”だった。

きっかけは正直、はっきり覚えていない。
何かに影響されたのかもしれないし、
ただ自然に出てきたものだったのかもしれない。

最初に書いた日付を見ると、
少なくとも“誰かの影響”より前だった。

きっとこれは、
誰もが一度は考えることなのだと思う。

当時、付き合っていた彼女がいた。
その未来は、当たり前に続くと思っていた。

でも今となっては、
その存在は完全に過去のものになった。

誰かを喜ばせるための100リスト

今振り返ると、あの頃の私は、

「誰かを喜ばせること」=「自分のやりたいこと」

になっていたのだと思う。

だからリストの内容も、
自然と「彼女と〜する」という形が多くなっていた。

実際に達成していたこと

いくつかは、すでに実現していた。

・夜景の見えるホテルに泊まる
・一緒に暮らす
・誕生日にケーキを作る
・個室温泉付きの宿に泊まる

例えば、横浜で泊まったホテル。
観覧車が見える部屋を予約して、特別な時間を過ごした。

「横浜の夜景が見えるホテルは、記念日や特別な時間にかなりおすすめです。👇」

横浜の夜景が見えるホテルを探す(じゃらん)

みなとみらいのバスルームから夜景が見える部屋

温泉宿では、日常から離れた時間を味わった。

こういう体験は、今振り返っても間違いなく価値があった。

(当時は、ただ“楽しむため”に予約していただけだった)

それでも満たされなかった理由

一つひとつは、確かに達成していた。

でも、どこか満たされていなかった。

満たされていたはずなのに、満たされていなかった。

その理由を、当時の私は説明できなかった。

ただ、はっきりしていたのは、

誰かを喜ばせることはできても、
自分の人生を生きている感覚とは違ったということ。

違和感の正体

そして、もう一つ気づいたことがある。

それは、

「誰かと〜する」という前提で
すべてを考えていたことだ。

当時のリストは、
ほとんどが「誰かと一緒にやること」だった。

でも、それでは相手がいなければ成立しない。

自分の人生なのに、
自分だけでは完結しない形になっていた。

この違和感だけが、ずっと残っていた。

自分が何をするかで考える

だから私は決めた。

これからは、

「誰かと」ではなく、
「自分が何をするか」で考えようと。

一人でもできること。
一人でもやりたいこと。

それを基準に、
もう一度、人生を組み立て直そうと思った。

この経験が次につながる

この時間が無駄だったとは思っていない。

むしろ、

この経験があったからこそ、

「人に尽くすこと」と
「自分の人生を生きること」は違う

と気づくことができた。

そしてこの気づきが、
次の行動につながっていく。

人生はまだ終わっていない。
50代。
まだ終わらない。

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