カテゴリー: 再設計の記録

  • 50代,Kアリーナ横浜に惹かれた理由|ダイアナ・ロスという選択肢

    感情はある。でもどこか達観している

    私は感情の起伏が大きい方だと思う。

    うれしい時は喜ぶ。

    嫌なことには怒る。

    悲しい時は泣くし、
    楽しい時はちゃんと笑う。

    決して感情表現が苦手なわけではない。

    でも、
    どこか達観している部分もある。

    例えば恋愛でも、
    昔から自分自身を少し遠くから見ている感覚があった。

    当事者なのに、
    どこか客観視している。

    離婚した時も、
    メンタルはかなり引きずった。

    でも同時に、
    「まあ、しょうがないか」
    と受け入れている自分もいた。

    だから私は、

    「好きで好きでしょうがない」

    という感覚が、
    正直あまりよく分からない。

    「推し活」がよく分からなかった

    私は、
    いわゆる「推し活」というものがよく分からない。

    もちろん、
    好きな音楽はある。

    カラオケも好きだ。

    でも、
    コンサートというものには、
    人生でほとんど縁がなかった。

    そんな私に、
    ここ数年で20代の部下が二人できた。

    一人はK-POPの追っかけ。

    もう一人はジャニーズの追っかけ。

    何口もファンクラブに入り、
    全国へライブに行く。

    正直、
    気持ちはまったく分からない。

    でも逆に、
    私は少し興味を持った。

    「コンサートって、そんなにすごいものなのか」と。

    Kアリーナ横浜に惹かれた

    私はみなとみらいへ引っ越してから、
    ずっと気になっていた場所がある。

    Kアリーナ横浜だ。

    会社帰り。

    休日。

    ライブ終わりの人たちが、
    ものすごい数で駅へ向かっていく。

    私はそれを見ながら、

    「この施設を体験してみたい」

    と思うようになった。

    だから最初に入ったのは、
    アーティストのファンクラブではない。

    Kアリーナクラブだった。

    その話をすると、
    部下には笑われた。

    「順番おかしいですよ」

    と。

    でも私の中では、
    まず“Kアリーナに行きたい”が先だった。
    コンサートは、
    その次だった。

    ダイアナ・ロスという選択

    Kアリーナクラブに入り、
    送られてくる先行販売情報を見ていた。

    その中で、
    私の心が動いた。

    ダイアナ・ロス。

    82歳。

    11年4か月ぶりの来日公演。

    私は思った。

    「これはもう、
    次はないかもしれない」

    と。

    その気持ちが、
    背中を押した。

    エンタメ大国アメリカの、
    レジェンド級の歌姫。

    Kアリーナの音響も体験できる。

    私が知っている曲は、

    「If We Hold On Together」
    「Baby Love」

    そのくらいだった。

    帰宅後、昔のベストアルバムを流しながら余韻に浸っていた。

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    私が知っていた曲は多くない。
    でも、だからこそ逆に、
    「もっと聴いてみよう」
    と思えた気がする。

    だから少し不安もあった。

    本当のファンのように、
    心から楽しめるのだろうか。
    そんなことも考えていた。

    “体験してみる”ということ

    6月には、
    ゆずのクラシックコンサートにも行く予定だ。

    こちらは座って聴けるらしいので、
    少し安心している。

    そして私は、
    50代にして初めてコンサートへ行った。

    さらに後から知ったのだが、
    Kアリーナクラブには、
    ヒルトン横浜のエグゼクティブラウンジ利用プランまであったらしい。

    正直、
    申し込めばよかったと少し後悔している。

    でも、
    そういうことも含めて面白い。

    私は今、
    音楽そのものだけではなく、

    「体験」を楽しみ始めている気がする。

    50代で初めてのことをする

    50代で初めてのことをする

    若い頃は、
    「今さら」
    と思っていた。

    でも50代になると逆に思う。

    「今だからこそ、
    やってみよう」

    と。

    人生は、
    経験したことだけではできていない。

    やっていないことの方が、
    まだまだ多い。

    だから私は、
    これからも少しずつ、
    やったことのないことを経験していきたいと思う。

    感じたままを、
    ここに記していきたい。

    人生はまだ終わっていない。

    50代。

    まだ終わらない。

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    👉 関連記事
    ▶︎ 50代でブログとXを始めた理由|人生再設計の発信
    ▶︎ 50代でソロキャンプを始めた理由|自分を取り戻した話
    ▶︎ 投資はお金より「安心感」だった|50代の人生再設計

  • 50代でブログとXを始めた理由|「みんな同じなんだ」と思った

    50代でブログとXを始めた理由|「みんな同じなんだ」と思った

    みなとみらいの夕景とプロフィール画像|50代でブログとXを始めた人生再設計ブログ

    私は会社で10年くらい、
    企業SNSを細々と運用していた。

    イベント情報。

    商品情報。

    そういうものを発信していた。

    でも今、
    自分で始めたSNSはまったく違う。

    ブログを始めたのは、
    2026年2月24日。

    それに付随して、
    Xを始めたのが4月6日だった。

    まだ、
    何の形にもなっていない。

    ブログは、
    Google検索にもほとんど引っかからない。

    Xも、
    フォロワーが少し増えたくらいだ。

    それでも、
    続けている。

    50代という年齢は、
    子育てもある程度終わり、
    会社でも役割が少しずつ終わりに向かっていく。

    でも、
    人生はまだ長い。

    私はそう考えている。

    👉 関連記事
    投資はお金より「安心感」だった|50代の人生再設計

    Xには「50代」がたくさんいた

    私はXを始めて驚いた。

    「50代」という言葉で検索すると、
    本当に多くの人が発信していた。

    でも同時に、
    少し安心した。

    「ああ、みんな同じなんだ」そう思った。

    私が求めていたのは「繋がり」だった

    この年齢になって思う。

    SNSは、
    誰かと繋がるためのツールなのだと。

    しかも、
    考え方の近い人と繋がることができる。

    それは、
    かなり大きなことだった。

    私は、
    SNSは誰かを批判する場所ではないと思っている。

    自慢する場所でもない。

    これも一つのコミュニティだ。

    そう考えると、
    自然と自分なりのルールもできてくる。

    匿名でも、
    匿名じゃなくてもいい。

    自分なりの芯を持って発信する。

    すると、
    少しずつ共感してくれる人が現れる。
    その共感が、
    また次の共感へ繋がっていく。

    強さと、自分のルール

    もちろん、
    バズることも大事だと思う。

    影響力は強さだ。

    強さがなければ、
    誰にも届かない。

    でも私は、
    強さを求めるあまり、
    自分のルールを壊してはいけないと思っている。

    私はこのツールを使って、
    自分の考え方を発信していきたい。

    そして、
    共感してくれる人。

    繋がれる人。

    そういう人たちと、
    少しずつ繋がっていければと思っている。


    発信は積み重ねだった

    思えば、
    食べログやGoogleマップも、
    長い間続けてきた。

    最初は、
    ただ出張先や旅行先の記録だった。

    でも続けているうちに、
    少しずつ見てくれる人が増えていった。

    発信は、
    急に結果が出るものではない。

    でも、
    積み重ねることで、
    少しずつ形になっていくのだと思う。

    だから私は、
    ブログもXも、
    焦らず積み重ねていこうと思っている。

    Googleマッププロフィール

    Xプロフィール

    私たち50代という世代

    私は半世紀生きてきた。

    だらだら生きているようでも、
    それなりに経験を積んできた。

    それが、
    私たち50代だと思う。

    何とか世代という言葉は、
    正直あまり好きではない。

    でも、
    恵まれていた実感があるかと言われれば、
    そんな単純な話でもない。

    高校時代にバブルが崩壊した。

    就職も、
    進学も、
    思うようにいかなかった。

    上司たちはバブル世代。

    パワハラ。

    セクハラ。

    今では考えられないような環境も普通にあった。

    有休を取れば白い目で見られる。

    でも今度は、
    自分たちが上司の立場になる。

    すると今度は、
    過剰なくらいコンプライアンスを求められる。

    部下には強く言えない。

    理不尽。まさにそれを体現してきた世代だと思う。

    それでも、強さは残った

    でも私は思う。

    そんな時代を経験してきたからこそ、
    私たちには強さがあるのではないかと。

    そして、
    理不尽に立ち向かうために必要なのは、

    「共感力」と「思いやり」

    なのではないかと思っている。

    正直、
    私はかなり疑り深い。

    簡単に人を信じない。

    勧められても、
    すぐには飛びつかない。

    でも、
    「とりあえずやってみる力」だけは強いと思う。

    だから、
    このブログもXも、

    「私はこう考えて、こう取り組んでいる」

    それを発信する場所にしていきたい。

    その考え方が、
    どこかで誰かの心に少しでも届けばいい。

    そして、
    少しでも役に立てば嬉しい。

    👉 関連記事
    50代でソロキャンプを始めた理由|自分を取り戻した話

    まだ途中

    ブログも。

    Xも。

    Instagramも。

    全部まだ途中だ。

    でも、
    人生もまだ途中なのだと思う。

    人生はまだ終わっていない。

    50代。

    まだ終わらない。

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    ▼人生再設計シリーズ

    コロナで人生が止まった日
    退院後に感じた「あのお粥の味」
    50代でマンション売却を決断した理由
    50代でソロキャンプを始めた理由
    投資はお金より「安心感」だった
    ・50代でブログとXを始めた理由 ← 今ここ
    ・ダイアナ・ロスのコンサートに行った日(次回予定)

  • 投資はお金より「安心感」だった|50代の人生再設計

    投資はお金より「安心感」だった|50代の人生再設計

    リーマンショックで200万で50万以上負けた。コロナ渦ではANA株を買った。

    失敗しながら学んだ、50代の投資との向き合い方を書いてみようと思う。

    まず投資の話になると、
    「どの銘柄を買えばいいですか?」
    「どう買えば儲かりますか?」

    そう聞かれることが多い。

    昔の私自身も、
    誰かと同じようにすれば勝てると思っていた。

    でも実際は、そんな単純な話ではない。

    上がったり、下がったりする中で、
    得する人もいれば、損する人もいる。

    投資には色々な指標があり、
    色々な手法がある。

    10人いたら、
    10人なりのやり方がある。

    それは最終的に、
    自分で見つけるしかないのだと思う。 👉 関連記事
    50代でソロキャンプを始めた理由|自分を取り戻した話

    最初の投資はリーマンショックだった

    私が最初に投資を始めようと思ったのは、
    リーマンショックの頃だった。

    2008年。

    そして再び始めたのが、
    2020年のコロナ禍。

    多分私は、
    「これはチャンスではないか」
    と感じたのだと思う。

    証券口座を開き、
    株を始めた。

    でも当時は、
    投資信託もETFもよく分かっていなかった。

    今思えば、
    感覚自体は間違っていなかった。

    ただ、問題は別だった。 株を持ち続けることができなかったのだ。

    いすゞ自動車で50万円以上負けた

    当時、
    いすゞ自動車 の株がかなり下がっていた。

    私は115円前後で、
    2万株を約230万円で購入した。

    今思えば悪くない位置だったと思う。

    実際、
    配当金も20万円ほどついた。

    でも、当時はリーマンショック直後。

    本当に、
    「すべての会社が潰れるのではないか」

    そんな空気だった。

    減配。
    無配。

    そんな会社も次々に出てきた。

    株価は100円を切り、
    90円を切った。

    私は怖くなった。

    「本当に0円になるのではないか」

    そう思い、
    178万円ほどで売却した。

    50万円以上の損失だった。

    住宅ローンもあり、
    当時の私にとっては、
    ほぼ全財産に近かった。

    かなりダメージを受けたのを覚えている。

    でも今思えば、
    この時に学んだことは大きかった。

    投資は、
    メンタルに大きく左右される。 そのことを痛感した。

    コロナ禍でANA株を買った

    そしてコロナ禍。

    少し貯金もでき、
    大きく株価が下がったタイミングで
    ANA Holdings の株を購入した。

    「コロナが終われば、
    みんなまた旅行へ行きたくなる」

    そう思ったからだ。

    ただ、今回も買う位置や買い方は失敗した。

    さらに株価は下がり、
    無配にもなった。

    でも私は、
    旅行が好きだった。

    だから持ち続けた。

    当時は
    投資の神様バフェットも航空株を売却するなど、
    かなり逆風だった。 それでも今は、
    配当も復活し、
    株価もある程度戻った。

    投資で一番大事だと思うこと

    この二つの暴落で、
    逆に大きく資産を増やした人もいる。

    以前話した、
    元彼女のお姉さんもその一人だった。

    それから私は、
    負けたり、買ったりしながら、
    5年以上投資を続けている。

    その中で思うのは、

    投資で一番重要なのは、

    「一発退場するような買い方をしないこと」

    だということだ。

    そして、
    長期間で考えること。

    「どうなったら売るのか」
    「どうなったら持ち続けるのか」

    最初から決めておくこと。

    さらに、
    人の意見に左右されないこと。

    SNSには、
    本当に多くの情報が溢れている。

    もちろん参考になるものもある。 でも最終的には、
    自分で一生懸命考えたこと以上に価値のある情報は、
    そんなに多くない。

    四季報を読むのが好きだ

    私は四季報を読むのが好きだ。

    定期購読もしている。

    数字だけではなく、
    日本企業の状況や、
    景気の流れが見えてくる。

    その会社が好調なのか。
    財務状態はどうなのか。

    読んでいるだけでも面白い。

    会社四季報 2026年2集 春号はこちら

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    日本株を応援したい

    もちろん、
    外国株のインデックス投資もしている。

    でも私は、
    日本株の個別投資が好きだ。

    なぜなら、
    自分が実際に使っている会社だから。

    日本で生活しているから。

    そして、
    日本企業に元気になってほしいと思っているからだ。

    今はどちらかというと、
    コツコツ配当株投資をしている。

    60代までに、
    ある程度積み立てられたらいいなと思っている。

    給料以外の収入がある安心感

    投資は、
    一気に人生を変えるものではない。

    でも、
    未来の不安を少し減らしてくれる。

    もちろん、
    無配になることもある。
    減配することもある。

    それでも、

    毎月少しずつでも、
    給料以外の収入が入る。

    それだけで、
    心は少し落ち着く。

    私はそう感じている。

    だからこれからも、
    自分なりに考えながら投資を続けていこうと思う。

    人生はまだ終わっていない。

    50代。

    まだ終わらない。

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    ▼人生再設計シリーズ

    礼文島と宗谷岬で感じたこと

    100のやりたいこと

    ソロキャンプで自分を取り戻した話

    投資はお金より「安心感」だった ← 今ここ

    50代でブログとXを始めた理由

    ダイアナ・ロスのコンサートに行った日

  • 50代でソロキャンプを始めた理由|自分を取り戻した話

    50代でソロキャンプを始めた理由|自分を取り戻した話

    「準備は地獄。でも、また行きたくなる。」

    以前話した
    「サードプレイス」という考え方。

    自分に一番しっくりきたのが、キャンプだった。

    👉 関連記事
    環境を変えることで、自分を保っている|50代の人生再設計

    今度また別の記事で書こうと思うが、
    私はアニメやドラマがかなり好きだ。

    私たちの世代は多いと思うが、
    いわゆるテレビっ子だった。

    あぶない刑事 や、
    月9のトレンディドラマ。

    そしてアニメ。

    影響を受けることもかなり多かった。

    今思えば、
    この頃から横浜に対する憧れがあったのかもしれない。 そしてその後、
    逃げるは恥だが役に立つ や、
    私の家政夫ナギサさん の影響で、
    みなとみらいに対する強い思いへ繋がっていったのだと思う。

    最初は近場のキャンプ場を回っていた。

    50代でキャンプを初めて作ったグーグルマップのいったキャンプ場カレンダー

    でも次第にお気に入りもでき、
    今では同じキャンプ場へ行くことも増えた。

    コロナ禍で大ブームになったキャンプ。

    少しずつブームが落ち着いてきた頃に、
    逆に私はハマっていった。

    「なぜ人が減っていったのか」も、
    今ならなんとなく分かる気がする。

    準備が、とにかく大変なのだ。

    きっかけは「ゆるキャン△」

    私がキャンプを始めたきっかけは、
    ゆるキャン△。

    正直、最初は軽い気持ちだった。

    でも、やってみると全然違った。

    準備は面倒。
    行くまでに何度もやめたくなる。

    実際、チェックインはいつも遅れる。
    設営にも時間がかかる。

    それでも、行けば分かる。

    「ああ、ここが自分の場所だ」 そう思う。

    最初のキャンプは、ふもとっぱら

    ゆるキャン△に影響を受けて50代で初めていった初キャンプのふもとっぱらキャンプ場のキャンプ画像

    2023年6月。

    一番最初に訪れたのは、
    キャンプの聖地とも言われる
    ふもとっぱら。

    ここも
    「ゆるキャン△」で使われていた場所だった。

    事前準備はYouTube。

    タローさん、係長けんさんという
    キャンプ系YouTuberの動画を見ながら、
    道具を勉強した。

    テントは、
    Coleman のツーリングドーム。

    ▶ 私が最初に使ったテントはこちら Coleman ツーリングドームLX

    今でも時々使っているし価格もコスパも初心者には最適のテントと言える。後大きさはLXがおすすめだ。

    テーブル。
    チェア。
    寝袋。

    家の中で試しに立てたりもした。

    準備は万全。 ……のはずだった。

    現実は、全然うまくいかなかった

    それでも最初の設営は、
    3時間近くかかった。

    暗くなっていく。
    焦る。

    綺麗に立たない。
    紐が結べない。

    しかも携帯の容量制限で、
    現地で動画確認ができない。

    「自分って、こんなにできないのか」

    かなりショックだった。

    今見ると、
    完全に“ザ・初心者”。

    始まりとしては、
    かなりボロボロだったと思う。

    富士山は見えなかった。でも悪くなかった

    その日は曇り空で、
    富士山はほとんど見えなかった。

    でも翌朝。

    完全ではないが、
    うっすら輪郭が見えるくらいには晴れた。

    その景色を見た時、
    気持ちがすーっと軽くなっていくのが分かった。

    そして思った。

    「この朝を迎えられるなら、悪くない」

    準備は今でも地獄

    それから、
    月に1回くらいのペースでキャンプへ行くようになった。

    だいぶ慣れてきた。

    でも今でも、
    準備は死ぬほど面倒くさい。

    特に引っ越して車を手放してからは大変だ。

    車に積みっぱなしもできない。

    毎回エレベーターを2往復。

    行けば楽しい。

    でも準備は地獄。

    それが、私のキャンプだ。 👉 関連記事

    50代でマンション売却を決断|住宅購入から売却までのリアル体験

    洪庵キャンプ場で見た朝

    私は富士山が好きで、
    富士山が見えるキャンプ場によく行く。

    その中でも、
    浩庵キャンプ場 で朝方に撮った一枚は、
    今でも特別な写真だ。

    今使っているテントは、
    OneTigrisの「Northgaze」。

    洪庵キャンプ場で撮った写真も、
    このテントだ。

    最初に使っていたColemanとはまた違って、
    「自分の居場所」に近い感覚がある。

    私が使っているブラウンカラーはどうやら廃盤のようだが、
    現在販売されているカーキもかなりかっこいい。

    ▶︎ 今使っているテントはこちら
    OneTigris Northgaze(カーキモデル)

    洪庵キャンプ場で撮った写真も、
    このテントだ。

    最初に使っていたColemanとはまた違って、
    「自分の居場所」に近い感覚がある。

    洪庵キャンプ場で行った冬キャンプのテントと本栖湖と富士山の風景

    寒空の中、
    コーヒーを飲む。

    ただ、それだけ。

    でもその時間があるから、
    私はまたキャンプへ行く。

    だからまた行く

    ソロキャンプは、
    単なる趣味ではない。

    自分を取り戻す時間だ。

    準備は大変。
    設営も面倒。

    それでも、
    自然の中で迎える朝には、
    それ以上の価値がある。

    寒空の中で飲むコーヒー。

    富士山を眺めながら過ごす時間。

    「悪くない」

    そう思える瞬間があるから、
    私はまたキャンプへ行く。

    人生はまだ終わっていない。
    50代。

    まだ終わらない。

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    ▼人生再設計シリーズ

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    • 退院後に感じた「あのお粥の味」
    • 環境を変えることで、自分を保っている
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    • ソロキャンプで自分を取り戻した話
    • みなとみらいに住むという選択
    • 外車を手放した理由
  • 人生を動かすリストの作り方|50代の人生再設計

    人生を動かすリストの作り方|50代の人生再設計

    「このままで、本当に終わっていいのか。」

    50代になると、

    一度も後悔を考えたことがない人の方が少ないと思う。

    「あの時こうしていれば」
    「あっちを選んでいれば」

    そんなことを、
    一度くらいは考えたことがあるはずだ。

    でも、時間は巻き戻せない。

    そして50代になると、
    残り時間を意識する瞬間も増えてくる。

    会社という組織に属している人なら、
    なおさらではないだろうか。

    今まで頑張ってきた。
    自分なりに貢献もしてきた。

    それなのに、
    気づけば思い描いていた未来と少し違う。

    気持ちも上がらない。

    実は、私自身がそうだった。

    給料はそれなり。
    生活も出来ている。

    でも、何かが足りない。

    気づけば、
    ぼーっと過ごしたまま一日が終わる。 そんな日も少なくなかった。

    「100のやりたいこと」が人生を動かした

    以前触れた
    「100のやりたいことリスト」

    この中には、
    自分の本音が詰まっている。

    キャンプ。
    旅行。
    投資。
    家族との時間。
    友人との関係。
    アニメ。
    そして発信。

    書き出してみると分かる。

    人生には、
    思ったより時間がない。

    このリストを見ていると、

    「休んでもいい。でも止まり続けるな」

    そう言われている気がする。

    👉 関連記事
    やりたいことが分からない人へ|100のやりたいことリストが人生を変えた話

    制約を全部外して考える

    リストを作る時に、
    一つだけ意識したことがある。

    それは、

    「制約を全部外すこと」

    だ。

    「時間があったら」
    「お金があったら」
    「会社がなかったら」
    「家庭の事情がなかったら」

    そういう現実を、
    一度全部横に置いてみる。

    その上で、

    「自分は本当は何をやりたいのか?」

    そこに向き合ってほしい。

    私は、
    “やりたいことが本当に一つもない人”はいないと思っている。

    ただ、
    忙しさの中で見えなくなっているだけだ。

    毎日見ることで、人は動き始める

    50代で100のやりたいことをまとめたドリームボード

    そして、
    リストが出来たら終わりではない。

    画像でも、紙でもいい。

    プリントアウトして、
    毎日見える場所に置いてほしい。


    写真や目標を見える形にしておくと、日々の意識がかなり変わります。

    ドリームボードに使えるA3アクリルフォトフレームを見る

    人は、
    毎日見ているものに引っ張られる。

    有名な話だが、
    キングカズこと 三浦知良 は、若い頃に雑誌の切り抜きを持ち歩き、
    「この人と結婚する」と言っていた。

    その相手が、後の妻である
    設楽りさ子 だった。

    また、私自身も
    思考は現実化するの考え方には影響を受けている。

    「思考は現実化する」

    少し大げさに聞こえるかもしれない。

    でも実際に、
    人は意識した方向に少しずつ動いていく。

    今でも定期的に読み返している一冊だ。

    私が影響を受けた一冊

    私自身、 『思考は現実化する』 の考え方にはかなり影響を受けている。 「思考は現実化する」 少し大げさに聞こえるかもしれない。 でも実際に、 人は意識した方向に少しずつ動いていく。 現在は中古本中心のようだが、 今でも定期的に読み返している一冊だ。

    ※価格・在庫状況は変更される場合があります。

    以前紹介したドリームボードも、
    今では自分の行動を後押しする存在になっている。

    ドリームボード関連記事

    動き始めた人生

    今の私は、
    以前より明らかに行動量が増えた。

    5月には、
    母を連れて 礼文島 へ行く予定だ。

    北海道には何度も行っているが、
    道北を訪れるのは初めて。

    そして、
    人生で初めてコンサートにも行く。

    それが、
    Diana Ross の来日公演だ。

    82歳。
    10年ぶりの来日。

    「これを逃したら、もう二度と生で見れないかもしれない」

    そう思い、申し込んだ。

    さらに今年の夏には、
    プライベートで初めて海外旅行にも行く予定だ。

    行き先は、台北。

    50代で人生再設計を考えながら訪れたい台湾九份の風景

    ※100のやりたいことの中に入っている九份のイメージです。

    リストを作り、
    そこから実際に行動する。 それだけで、
    人生は少しずつ動き始める。

    これからのこと

    これから、
    「100のやりたいこと」をテーマに、

    一つずつ行動し、
    感じたことを書いていこうと思う。

    それらは単なる趣味ではなく、

    「人生を止めないための行動」

    なのだと思っている。

    50代になって動けるうちに動くことの大切さを強く感じている。

    人生はまだ終わっていない。
    50代。

    まだ動ける。

    まだ終わらない。

  • 変わり続ける理由|50代で気づいた生き方

    自分は、

    「安定するために、変化し続ける人間」なのだ。

    正直、止まることが苦手だ。

    昔、好きなアニメの中で
    こんな言葉があった。

    「未来に発展も変革も無いと信じる理由は無いのである。」

    あの時は、
    そこまで深く考えていなかった。

    でも今なら分かる。

    変わらない理由なんて、
    本当はどこにもない。

    むしろ、

    変わらないと決めているのは、
    いつも自分自身だ。

    現状に満足せず、
    自分が動き続ける限り、

    人は何歳からでも変われる。

    だから自分は、
    変化を選ぶ。

    年齢も、環境も、関係ない。

    やりたいと思ったことは、
    やっていく。
    それが、
    今の自分の生き方だ。

    50代を目前にして、
    ようやくそれに気づいた。

    遅いかもしれない。

    でも、

    気づいた今が、

    一番早い。

    これからは、

    今まで積み上げてきたものを整理し、
    本当にやりたいことに
    時間を使っていく。

    まだ知らないこと、
    まだ行っていない場所が、
    この年でも驚くほど多い。

    だからこそ、

    自分はそれを書き出した。

    やりたいことを100個。

    それは、
    自分の「知りたい」と
    「やってみたい」を可視化したものだ。

    そして今、

    自分はその一つひとつを、
    実行し始めている。

    このブログも、その一つだ。

    考えを言葉にすることで、
    自分自身を整理し、
    次の行動に繋げていく。

    変わり続けることは、
    不安定に見えるかもしれない。

    でも自分にとっては、

    それが一番安定している状態だ。

    だからこれからも、
    変わり続けていく。

    👉 次章へ

    自分の人生を動かした
    「100のやりたいこと」の話。

    ▶ 第4章|100のやりたいことが人生を動かした話

  • 環境を変えることで、自分を保っている|50代の人生再設計

    環境を変えることで、自分を保っている|50代の人生再設計

    変わり続けないと、自分を保てない人間もいる。

    私は昔、
    中華街の占い師にこう言われたことがある。

    「あなたは“風の人”だ」と。

    自分を持ち上げるつもりはないが、
    当時付き合っていた女性からは、

    優しい、面倒見がいい、まめだと
    言われていたらしい。

    ただ同時に、こうも言われていた。

    「この人は、縛ろうとするとどこかに行ってしまう」

    別に、蒸発願望があるわけではない。

    でも昔から、
    同じ環境で同じことを繰り返すことが
    本当に苦手だった。

    👉 関連記事(前編)
    あのお粥の味|50代で人生が変わった瞬間

    環境を変えることが前提の人間

    私が生きていくうえで、
    環境の変化は“必要なもの”なのだと思う。

    昔、何かで読んだ言葉がある。

    人は「3つの場所」を持つことで、
    精神的な安定を得られるというものだ。

    いわゆる
    「サードプレイス(第三の場所)」という概念。

    ・ファーストプレイス(自宅)
    ・セカンドプレイス(職場)
    ・サードプレイス(居心地のいい場所)

    コロナ後の私は、
    この“第三の場所”を探し続けている気がする。

    探しているのは場所ではなく「居場所」

    ブログ、Instagram、X。

    こうして発信しているのも、
    思えばその一つなのかもしれない。

    仕事でも家庭でもない場所で、
    自分の価値観や考え方を出せる場所。

    それが自分にとっての
    「居心地のいい場所」なのだと思う。

    コロナ後の私は、
    明らかに行動量が増えた。

    昔の知人に会いに行く。
    BARやスナックに行く。
    キャンプや旅行にも積極的に出かける。

    それは単なる遊びではなく、
    自分にとっての“居場所”を探している行動だ。

    👉 関連記事(行動)
    マンション売却の決断

    空気ではなく、自分で選ぶ

    コロナ前までの私は、
    いわゆるサラリーマン的な生き方をしていた。

    調和、空気、周囲の目。

    居酒屋の息子として育ったこともあり、
    空気を読む力はそれなりにあったと思う。

    でも今は、意識的にそれを外している。

    大事なのは

    「自分がどうしたいか」

    それを基準に、
    判断するようになった。

    キャンプというサードプレイス

    ふもとっぱらキャンプ場での初ソロキャンプ2023年6月富士山とテント

    そんな自分に一番しっくりきたのが、キャンプだった。

    きっかけは、アニメの ゆるキャン△。

    正直、最初は軽い気持ちだった。

    でもやってみると、まったく違った。

    準備は面倒だし、
    行くまでに何度もやめようと思う。

    実際、チェックインはいつも遅れる。
    設営も時間がかかる。

    それでも、行けばわかる。

    「ああ、ここが自分の場所だ」と思う。

    山を見る。
    川の音を聞く。
    森の静けさの中に身を置く。

    ソロキャンプは、
    自分と向き合う時間そのものだった。

    洪庵キャンプ場本栖湖と富士山 ゆるキャン△聖地の風景

    自分で選んだ道具に囲まれる。

    テント、ランタン、シェラフ、チェア、焚き火台。

    手間がかかるほど、
    それが心地よくなる。

    朝、冷えた空気の中で
    星空から朝日に変わる瞬間にコーヒーを飲む。

    あの時間は、
    言葉にできない贅沢だ。

    👉 関連記事(ライフスタイル)
    みなとみらいに住むという選択

    すべて自己責任の世界

    キャンプは、すべてが自己責任だ。

    忘れ物をする。
    料理を失敗する。

    全部、自分のせい。

    でもそれがいい。

    この経験は、
    仕事にも確実に影響している。

    物事を俯瞰して見れるようになったし、
    自分で判断する力もついた。

    見つけたもの

    自分はたぶん、

    「安定するために、変化している人間」

    なのだと思う。

    環境を変えることで、
    自分を保っている。

    これからも続けていく

    体が動く限り、
    この生活は続けていきたい。

    50代になって、
    こういう時間に出会えたことは、
    本当にありがたいと思っている。


    環境を変えることは、逃げではない。

    自分を保つための、
    選択だ。

    そして私は、

    「安定するために、変化しづ付ける人間」なのだと思う。

    そして今、

    自分はその”変化”を具体的な行動に落とし込んでいる。

    やりたいことを100個書き出し、

    一つずつ実行している。

    次は、その中身について書いていこうと思う。

    人生はまだ終わっていない。
    50代。まだ終わらない。

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    ▶ 次の記事

    ▼人生再設計シリーズ

    コロナで人生が止まった日(前編)
    あのお粥の味(後編)
    50代で環境を変えた理由
    マンション売却の決断
    みなとみらいに住むという選択
    外車を手放した理由
    タグホイヤーを子供に渡す話


  • やりたいことが分からない人へ|100のやりたいことリストが人生を変えた話

    やりたいことが分からない人へ|100のやりたいことリストが人生を変えた話

    100のやりたいこととの再会

    以前書いた「100のやりたいこと」。

    正直、きっかけは覚えていない。
    ただ、今振り返ると——

    それはただのメモではなく、
    “理想の人生の設計図”だった。

    最初に書いた日付を見ると、
    少なくとも“誰かの影響”より前だった。

    きっとこれは、
    誰もが一度は考えることなのだと思う。

    当時、付き合っていた彼女がいた。
    その未来は、当たり前に続くと思っていた。

    でも今となっては、
    その存在は完全に過去のものになった。

    コロナで気づいたこと

    2021年。
    コロナのデルタ株に感染した。

    本当に、
    死んでもおかしくない状況だった。

    そのとき、ふと思い出した。
    この「100のやりたいこと」の存在を。

    人生は、思っているより短い。
    そして、いつ終わるかも分からない。

    本当に自分は、
    後悔なく生きてきたと言えるのか。

    答えは、はっきりしていた。
    否だった。

    まだ何もやれていなかった

    50歳手前になって、ようやく気づいた。

    自分は、
    やりたいことをほとんどやっていない。「いつかやる」

    「そのうちやる」

    そう思っているうちに、
    時間だけが過ぎていた。

    そして、もう一度このリストを開いた。

    このブログの意味

    一番最初に書いてあったのは、
    今の自分にも繋がる言葉だった。

    「パパが死ぬときに、
    パパの子供でよかったと子供たちに言わせる」

    これは、まだ達成していない。

    でも今は、こう思っている。

    このブログは、
    自分がどう生きるかを整理するために書いている。

    自分の人生を、
    ちゃんと自分で選んでいくための記録だ。

    そしてその過程が、
    結果として誰かに伝われば、それでいい。

    理想は、すでに書かれていた

    そこには、
    自分の理想がすべて詰まっていた。

    ・みなとみらいに住む
    ・行ったことのない場所に行く
    ・欲しいものを手に入れる
    ・投資で自由を手に入れる

    全部、同じ線の上にある。

    だから思った。

    できる限り、これをやり切ろうと。

    そして同時に、
    新しく思いついたことも
    全部書き足していこうと決めた。

    ドリームボードという形にした

    このリストは、
    ただのメモでは終わらせなかった。

    これは当時の自分が作ったドリームボードだ。
    一見「やりたいこと」のようで、
    実際は“理想の人生の設計図”だった。

    アクリル板に、
    イメージした写真や言葉を挟み込んで、
    部屋に置いている。

    実際に使っているアクリルフォトフレームがこちら。

    ドリームボードに使えるA3アクリルフォトフレームを見る

    毎日目に入る場所に置くことで、
    自然と意識するようになる。

    見るたびに思う。

    まだ、やれることがあると。

    行動はもう始まっている

    コロナ以降の私は、
    このリストを軸に動いている。

    もともと仕事柄、
    日本国内はほとんど行ったことがあった。

    残っていたのは、和歌山県と高知県。

    2025年、
    家族を連れて和歌山に行った。

    宿泊したのは、南紀白浜のマリオットホテル。

    今回はポイントを使って宿泊したので、
    実際の宿泊費はかかっていない。

    でもこれは、特別なことではなくて、

    日々のクレジットカード利用や積み重ねで、
    誰でも再現できる仕組みだ。

    マリオットのポイントを貯める方法の一つとして、 紹介プログラムもあります👇

    マリオットボンヴォイ・アメックス(紹介リンク)

    👉
    「旅行のハードルは、“お金”じゃなく“仕組み”で下げられる」

    一方で、
    「今すぐ行きたい」という人なら、

    無理にポイントを貯める必要はない。

    👉 和歌山・白浜の宿を探す

    和歌山・白浜の宿を探す(じゃらん)

    その流れで、
    世界遺産の熊野古道にも行くことができた。

    一つではなく、二つ達成した。

    残るは、高知県だけになった。

    海外は、昔仕事で
    香港とマカオに行ったことがあるだけだった。

    今年の夏、台湾を予約した。

    「九份に行きたい」

    そう書いてあったからだ。

    まだ元気なうちに、
    できる限り叶えていこうと思う。

    これからの話

    最近始めた
    ブログ、X、Instagram。これらの目標も、
    このリストに書き足した。

    だから私は、この過程を残す。

    やりたいことは、
    “いつか”ではなく、
    “今やるもの”だと決めた。

    もし今すぐ動きたいなら👇

    👉 和歌山・白浜の宿を探す(じゃらん)

    人生はまだ終わっていない。
    50代。
    まだ終わらない。

    だったら、やりたいことは全部やる。


  • 100のやりたいことリストを書いた理由|50代で人生を再設計した話

    100のやりたいことリストを書いた理由|50代で人生を再設計した話


    ドリームボード 実例 人生目標 ビジョンボード アクリルボード 旅行 車 時計

    以前書いた「100のやりたいこと」。

    これは当時の自分が作ったドリームボードだ。


    写真や目標を見える形にしておくと、日々の意識がかなり変わります。

    ドリームボードに使えるA3アクリルフォトフレームを見る

    一見「やりたいこと」を並べているように見えるが、
    今振り返ると、これは“理想の人生の設計図”だった。

    きっかけは正直、はっきり覚えていない。
    何かに影響されたのかもしれないし、
    ただ自然に出てきたものだったのかもしれない。

    最初に書いた日付を見ると、
    少なくとも“誰かの影響”より前だった。

    きっとこれは、
    誰もが一度は考えることなのだと思う。

    当時、付き合っていた彼女がいた。
    その未来は、当たり前に続くと思っていた。

    でも今となっては、
    その存在は完全に過去のものになった。

    誰かを喜ばせるための100リスト

    今振り返ると、あの頃の私は、

    「誰かを喜ばせること」=「自分のやりたいこと」

    になっていたのだと思う。

    だからリストの内容も、
    自然と「彼女と〜する」という形が多くなっていた。

    実際に達成していたこと

    いくつかは、すでに実現していた。

    ・夜景の見えるホテルに泊まる
    ・一緒に暮らす
    ・誕生日にケーキを作る
    ・個室温泉付きの宿に泊まる

    例えば、横浜で泊まったホテル。
    観覧車が見える部屋を予約して、特別な時間を過ごした。

    「横浜の夜景が見えるホテルは、記念日や特別な時間にかなりおすすめです。👇」

    横浜の夜景が見えるホテルを探す(じゃらん)

    みなとみらいのバスルームから夜景が見える部屋

    温泉宿では、日常から離れた時間を味わった。

    こういう体験は、今振り返っても間違いなく価値があった。

    (当時は、ただ“楽しむため”に予約していただけだった)

    それでも満たされなかった理由

    一つひとつは、確かに達成していた。

    でも、どこか満たされていなかった。

    満たされていたはずなのに、満たされていなかった。

    その理由を、当時の私は説明できなかった。

    ただ、はっきりしていたのは、

    誰かを喜ばせることはできても、
    自分の人生を生きている感覚とは違ったということ。

    違和感の正体

    そして、もう一つ気づいたことがある。

    それは、

    「誰かと〜する」という前提で
    すべてを考えていたことだ。

    当時のリストは、
    ほとんどが「誰かと一緒にやること」だった。

    でも、それでは相手がいなければ成立しない。

    自分の人生なのに、
    自分だけでは完結しない形になっていた。

    この違和感だけが、ずっと残っていた。

    自分が何をするかで考える

    だから私は決めた。

    これからは、

    「誰かと」ではなく、
    「自分が何をするか」で考えようと。

    一人でもできること。
    一人でもやりたいこと。

    それを基準に、
    もう一度、人生を組み立て直そうと思った。

    この経験が次につながる

    この時間が無駄だったとは思っていない。

    むしろ、

    この経験があったからこそ、

    「人に尽くすこと」と
    「自分の人生を生きること」は違う

    と気づくことができた。

    そしてこの気づきが、
    次の行動につながっていく。

    人生はまだ終わっていない。
    50代。
    まだ終わらない。

  • 人は必要なときに必要な人と出会う|50代で気づいたこと

    人は必要なときに必要な人と出会う|50代で気づいたこと

    東京の街並みと青空を背景に「人は必要なときに必要な人と出会う」という人生観を表現したブログアイキャッチ画像

    これは、私の中での根幹的な考え方だ。

    人は、必要なときに、
    必要な人と出会う。

    そして、もし誰かと疎遠になったのなら。

    それは、
    お互いにとって、そのステージでの役割が終わった
    というサインだと思っている。

    だからこそ、
    どんなに自分が必要だと思っていても、

    相手が離れようとしているなら、
    そこに執着してはいけない。

    人との距離の取り方

    この考えには、2つの意味がある。

    ひとつは、
    人に執着しないこと。

    もうひとつは、
    今ある人間関係を大切にすること。

    人との出会いは、人生を変える

    人生で関わる人には、必ず意味がある。

    そう強く思うようになったのは、
    コロナで自分の人生が終わりかけた経験があるからだ。

    そこからの数年で、
    価値観が大きく変わった。

    特に大きな影響を受けた人が、2人いる。

    お金の価値観を変えた人

    一人は、当時付き合っていた彼女のお姉さんだった人だ。

    この方の存在が、
    自己投資や資産運用に対する考え方を大きく変えた。

    私はもともと、
    投資に対してあまり良いイメージを持っていなかった。

    むしろ負ける側の人間だった。

    でも、その方は違った。

    無駄をそぎ落とし、

    本当に必要なものにだけお金を使う。

    印象的だったのは、生活だった。

    大きな家に住んでいるのに、
    無駄が一切ない。

    掃除は行き届き、
    電気も最小限、
    洋服も必要な分だけ。

    「お金がある=贅沢」ではない。

    その考えが、完全に覆された。

    その一方で、
    歯や健康、必要なものには徹底的にお金をかける。

    さらに、
    掃除はロボットで自動化するなど、
    “使うべきところ”にはしっかり使う。

    このバランスを見て、
    初めて「お金の使い方」を理解した気がした。

    仕事の向き合い方を変えた人

    もう一人は、
    仕事で出会ったベンチャー企業の役員の方だ。

    この方との出会いで、
    仕事に対する考え方が大きく変わった。

    私はこの方から、
    初めて「講演」という仕事をもらった。

    人前で話す仕事も経験し、

    仕事への向き合い方が変わった。

    この方は、
    展示会を一つのプロジェクトとして組み立て、成功させた。

    その過程を間近で見て、
    強く感じたことがある。

    仕事は、パズルのようなものだということ。

    一つひとつのピースを積み上げていくことで、
    初めて完成する。

    そして、そのピースは
    どれも替えが効かない。

    仕事は一人では成立しない。

    誰かと関わり、
    協力し、
    役割を果たすことで成り立つ。

    この考え方は、
    今の自分の仕事観のベースになっている。

    そして、人はまた出会う

    今、その2人とは距離がある。

    でも、不思議とこう思う。

    またどこかで会う気がする。

    人は、必要なタイミングで
    また交わる。

    そういうものだと思っている。

    今の自分の生き方

    人は、一人では変われない。

    でも、
    人によって変わることはできる。

    だから私は、
    無理に人を追わない。

    無理に繋ぎ止めない。

    その代わり、
    今、目の前にいる人を大切にする。

    そして、
    今の自分の環境を整える。

    みなとみらいに住むという選択も、
    その一つだ。

    人は「環境」と「人」でできている

    人は、
    環境だけでも変わらない。

    努力だけでも変わらない。

    でも、
    人と環境が揃ったとき、
    少しずつ変わっていく。

    私は今、
    その途中にいる。

    夜の一本道を街灯と奥へ続く道が人生の歩みと未来の希望を表現した風景

    だから焦らなくていい

    完璧じゃなくていい。
    遠回りでもいい。
    崩れることがあってもいい。

    人は、必要なときに、必要な人と出会う。

    だから、
    その流れに逆らわず、
    今を大切にする。

    そして私は、
    出会いを待つのではなく、
    出会える場所に自分を置き続ける。

    そうやって、
    これからの人生をつくっていく。

    人生はまだ終わっていない。
    50代。
    まだ終わらない。