投稿者: shinobu_admin

  • 50代、横浜スタジアムにまた行ってきた。2試合連続の逆転勝利で推しが決まった

    50代、横浜スタジアムにまた行ってきた。2試合連続の逆転勝利で推しが決まった

    一杯めの浜スタでのビールを乾杯する画像

    前回の、夏の野外球場で飲むビールの味に酔いしれて。

    そして、ベイスターズファンと球場の一体感にもすっかり魅了されて。

    今シーズン2回目となる横浜スタジアムへ行ってきました。

    前回はジャイアンツ戦。

    1回裏、いきなり走者一掃の満塁ホームランを打たれ、4点のビハインドから始まるという、とんでもない試合でした。

    ところが、そこからまさかの乱打戦。

    最後は11対6でベイスターズが勝利しました。

    前回の試合の記事はこちら

    URL

    もちろん試合そのものがめちゃくちゃ面白かったのですが、それ以上に気に入ったのがハマスタの雰囲気でした。

    金曜日の関内は、すでにベイスターズ一色

    旧観戦に向かう浜スタまでの道のり

    今回も金曜日。

    17時ごろ関内駅に着くと、すでに街にはベイスターズファンがいっぱい。

    ユニフォーム姿の人、タオルを持った人。

    「ああ、今日も野球があるんだな」

    そんな雰囲気が駅を出る前から感じられます。

    私はというと、ユニフォームやタオルを買うか、まだ少し迷っていました(笑)。

    球場でよく見かけるのは、やはりベイスターズの顔でもある牧選手。

    そして筒香選手、宮﨑選手あたりでしょうか。

    さて、自分は誰のユニフォームを買おうかな。

    そんなことを考えながら、2回目の観戦が始まりました。

    前回とはまったく違う投手戦

    今回の対戦相手は中日ドラゴンズ。

    前回の乱打戦とは打って変わって、完全な投手戦になりました。

    しかも面白いことに、ベイスターズの先発は前回私が観戦した試合と同じ投手。

    一方、中日の先発は髙橋宏斗投手。

    この日の髙橋投手が、とにかくすごかった。

    7回2アウトまで完全試合。

    さらに8回までノーヒットノーラン。

    「今日はさすがに勝てないかな……」

    そんな空気すら感じるピッチングでした。

    筒香選手がつないだ、小さなきっかけ

    それでも7回裏。

    筒香選手が粘りに粘って四球を選び、完全試合を阻止します。

    そして8回。

    代打の佐野選手が、ついにヒット。

    ノーヒットノーランもここで途切れました。

    さらに、それまで圧倒的なピッチングを続けていた髙橋投手が降板。

    すると、それまで重かった試合の空気が一気に変わります。

    「もしかして、チャンスがある?」

    そして2アウト満塁。

    打席に入ったのが――

    度会隆輝選手でした。

    「ここで打ったら、度会選手のユニフォームを買う」

    横浜スタジアムで行われたベイスターズ対ドラゴンズ戦のスコアボード

    前回の観戦でも、8対6からダメ押しの3ランホームランを打った度会選手。

    そして今回も、大事な場面で打席が回ってきました。

    私はその瞬間、心の中で決めました。

    「ここで度会選手が打ったら、度会選手のユニフォームを買おう」

    カウント1-2。

    そして――

    度会選手が2対2の同点タイムリー。

    決まりました(笑)。

    私の心も決まりました。

    その後、牧選手が逆転タイムリー。

    ベイスターズは4対2で勝利。

    なんと私が観戦した2試合は、どちらも逆転勝利。

    これはさすがに心に残ります。

    50代になって「応援したい選手」ができた

    度会選手のお父さんは、ヤクルトでプレーした度会博文さん。

    そして度会選手自身は横浜高校出身。

    私も昔ヤクルトを応援していた時期があり、今は横浜に暮らしています。

    そんなことを考えると、なんとなく勝手に縁を感じてしまいます(笑)。

    今シーズン中にユニフォームを買えるかは分かりません。

    でも来シーズンは、度会選手のユニフォームを着てハマスタで応援したい。

    そんな新しい楽しみが一つ増えました。

    次は9月18日。

    今シーズン3度目のベイスターズ戦を観に行く予定です。

    また度会選手が活躍してくれたら嬉しい。

    そして現在3位のベイスターズが、この先も勝ち進み、日本シリーズまでたどり着いてくれたら。

    50代になってから、こんなふうに夢中になれるものが増えるとは思っていませんでした。

    でも、こういう新しい楽しみが一つ増えるだけでも、人生は少し豊かになるのかもしれません。

    人生は終わらない。

    50代、まだ終わらない。

  • 50代、みなとみらいで暮らす楽しさ|フェスティバルのある街に住んで思うこと

    50代、みなとみらいで暮らす楽しさ|フェスティバルのある街に住んで思うこと

    みなとみらいに引っ越してから、意外とまだ花火をちゃんと見ることができていませんでした。

    なかなかタイミングが合わなかったり、昨年は事故の影響で中止になったり。

    今年の開港祭も含めて、せっかくみなとみらいに住んでいるのに、花火を見る機会を逃していました。

    そんな中、今回は日程的に行けそうだったので、

    「横浜グリーンエクスポ応援 みなとみらいフェスティバル」

    のチケットを後から購入しました。

    徒歩で行ける花火大会。でも6,000円(笑)

    横浜グリーンエクスポ応援みなとみらいフェスティバル2026の臨港パーク芝生席入場券2枚。

    会場の臨港パークまでは、自宅から徒歩で行けます。

    これは、みなとみらいに住んでいる大きなメリットの一つです。

    ところが残念ながら、チケットがなければ会場には入れません。

    最近はチケット制の花火大会が本当に増えました。

    日本の夏の風物詩だった花火大会が、いつの間にか「有料イベント」になっている。

    少し世知辛い感じがしてしまうのは、私だけでしょうか(笑)。

    とはいえ、見たいものは見たい。

    今回は1枚6,000円のチケットを購入して、臨港パークへ向かいました。

    「45分で6,000円?」と思っていました

    正直に言います。

    購入した時点では、

    「花火45分で6,000円か……」

    と思っていました(笑)。

    しかも私が購入したのは芝生席。

    椅子があるわけではなく、芝生に直接座って見るスタイルです。

    歌や踊りなどのステージイベントもありましたが、私がいた場所からはほとんど見えません。

    個人的には、

    「花火だけでもいいんじゃないかな」

    と思ってしまいました(笑)。

    ところが――。

    花火が始まった瞬間、その考えは変わりました。

    みなとみらいの花火大会を待つ臨港パークの芝生席。海を望む会場に多くの観客が集まっている。

    40~45分で約18,000発。その迫力に圧倒された

    これは凄かった。

    本当にその一言です。

    約40~45分という短い時間の中で、次々と花火が打ち上がっていきます。

    私が大好きな花火大会の一つに、秩父夜祭があります。

    一度行ってからすっかり気に入り、できる限り見に行くようになりました。

    冬の澄んだ空に上がる花火。

    豪華な山車。

    そして山に囲まれた秩父の街。

    あの独特の幻想的な雰囲気が大好きです。

    花火大会は単純に「何発上がるか」だけで比べるものではないと思います。

    それでも、純粋に花火の密度と迫力だけを考えれば、今回のみなとみらいの花火にはかなり圧倒されました。

    「6,000円払った価値はあったかもしれない」

    終わった頃には、そんな気持ちになっていました(笑)。

    みなとみらいの景色と花火は、ちょっとずるい

    芝生席は、有料招待席や椅子席と比べると、場所によって見え方にかなり差があります。

    入場する時間によっても、いい場所を確保できるかどうかは変わってきます。

    私の場所からは、みなとみらいの建物すべてを背景に花火を見ることはできませんでした。

    それでも十分でした。

    ベイブリッジ。

    そして場所によっては、

    ランドマークタワー。

    ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル。

    大観覧車。

    そんな横浜を象徴する景色の向こうに、大量の花火が上がる。

    これは、

    「ちょっとずるいな」

    と思いました(笑)。

    ただでさえ絵になる街なのに、そこへ花火まで加わる。

    そりゃ、人が集まるわけです。

    10万人以上が集まる街に、自分は歩いて帰れる

    今回のフェスティバルには、本当に多くの人が訪れていました。

    花火が終われば、当然ながら一斉に人が動き始めます。

    駅へ向かう人。

    家族連れ。

    カップル。

    友人同士。

    ものすごい人です。

    でも私は、その人の流れを横目に見ながら歩いて自宅へ帰ることができます。

    電車の混雑を心配する必要もない。

    帰りの時間を気にする必要もない。

    荷物を持って会場へ向かうのも、それほど大変ではありません。

    このとき改めて思いました。

    「ああ、自分はこの街に住んでいるんだな」

    と。

    「住みたい」と思っていた街が、日常になった

    以前、このブログでも書きましたが、

    「みなとみらいのタワーマンションに住む」

    というのは、私の「100のやりたいこと」に入っていた一つでした。

    昔の自分にとって、みなとみらいは遊びに来る街でした。

    夜景を見に来る。

    食事をしに来る。

    イベントを見に来る。

    それが今では、

    自分が帰ってくる街になりました。

    これは、今でも少し不思議な感覚があります。

    たくさんの人が時間をかけて遊びに来る。

    その場所を、自分は普段の生活の中で歩いている。

    もちろん、住んでみれば不便なところだってあります。

    観光客が多くて混雑する日もあります。

    物価だって決して安くありません。

    でも今回、花火を見ながら、

    「ここに住んで良かったな」

    と素直に思いました。

    50代で住む場所を変えたら、日常まで変わった

    50代になってから、私はみなとみらいへ引っ越しました。

    以前の自分なら、

    「いつか住めたらいいな」

    で終わっていたかもしれません。

    でも実際に動いてみたことで、「憧れていた街」が「自分の暮らす街」になりました。

    そして住む場所が変わると、日常も変わります。

    散歩する景色が変わる。

    休日の過ごし方が変わる。

    イベントへ行くハードルが下がる。

    今回のように、

    「ちょっと花火を見に行こう」

    ということまで、日常の延長になります。

    これは引っ越す前には想像していなかったことでした。

    人が集まる街に住めたことに感謝したい

    まだまだ、みなとみらいには私の知らない場所や楽しみ方がたくさんあります。

    住んでいるからこそ分かる魅力も、これからもっと見つかると思います。

    今回の花火大会も、その一つでした。

    たくさんの人が、

    「行ってみたい」

    と思って訪れる街。

    そんな街に、自分が住むことができた。

    50代になって人生を少しずつ変えてきた中で、これは自分にとってかなり大きな出来事だったのだと思います。

    これからこのブログでも、旅行や投資、仕事のことだけでなく、みなとみらいで暮らしているからこそ感じる街の魅力をもっと書いていきたいと思っています。

    そして次は――。

    今週末、また横浜スタジアムへ野球を見に行こうと思っています。

    今回は、ついにユニフォームまで買ってしまおうかと考えています(笑)。

    昔は「遊びに来る街」だった横浜が、少しずつ**「自分の街」**になってきました。

    そんな話も、また書きたいと思います。

    人生は終わらない。

    50代。

    まだ終わらない。

  • わかっている=できる、ではない|川崎で7万7,000円使って気づいた自分のお金の癖

    わかっている=できる、ではない|川崎で7万7,000円使って気づいた自分のお金の癖

    川崎の夜の飲み屋街を歩きながら「わかっている=できる、ではない」と自分のお金の癖を振り返る50代男性のイラスト

    以前の投稿でも書いたのですが、私はどうも**「失敗しながら学ぶ」**ことが多い人間です。

    ただ最近、もう一つ気づいたことがあります。

    「わかっている」と「できる」は、かなり違う。

    これは投資でもよく感じます。

    理屈では、

    「ここで損切りした方がいい」
    「追いかけてはいけない」

    とわかっている。

    でも、実際に自分のお金が動いている場面で、その通りにできるかというと、まったく別次元だったりします。

    そして私は、お酒でも同じことをやっています。

    以前、キャバクラで150万円使った失敗をブログに書きました。

    さすがにあれ以降、同じようなことはしていません。

    みなとみらいに引っ越したことで、飲みに行く回数自体もかなり減りました。

    それでも月に1回くらいでしょうか。

    飲みに行った翌日に、

    「昨日、あそこまで使う必要あった?」

    と自問自答している気がします(笑)。

    終電を逃すと、なぜか朝までコースになる

    自分の行動を振り返ってみると、かなり分かりやすい。

    終電で帰らない=朝まで飲む。

    これが定期的に起きています。

    例えば先日は、こんな感じでした。

    バー 4,000円

    スナック 12,000円

    朝方のカラオケスナック 7,000円

    カラオケスナック 13,000円

    朝キャバ 25,000円

    居酒屋スナック 4,000円

    昼キャバ 12,000円

    合計7万7,000円。

    まあ、7軒も行けばそうなる(笑)。

    しかも、なぜか川崎で飲むとこのパターンになりやすい。

    長く住んでいたので土地勘がある。

    深夜になっても、

    「あそこならまだ開いている」
    「次はあの店に行こう」

    と選択肢を知っていることも原因なのかもしれません。

    知らない街なら帰るのに、知っている街だから次へ行けてしまう。

    便利なのか、不便なのか分かりません(笑)。

    金銭感覚がバグる、とは少し違う

    ただ、今回ちょっと面白いと思ったことがあります。

    私は酔っ払っていても、それぞれの店でいくら使ったかは結構覚えています。

    つまり、

    「酔っ払って金額が分からなくなっている」わけではない。

    分かっているのに使っている。

    だから「金銭感覚がバグる」というより、

    わかっていてタガが外れる。

    こちらの方が近い気がします。

    「久しぶりだからいいか」

    「月1回くらいだから」

    「1万円くらいなら」

    「もう終電もないし」

    そうやって少しずつ、自分の中の基準を緩めていく。

    でも、最後に全部足してみれば7万7,000円です。

    最初から、

    「今日の飲み代は7万7,000円です」

    と言われたら、たぶん私は使いません。

    7万7,000円の料理を食べるのだって躊躇します。

    彼女と2人なら、かなりいい食事ができます。

    下手をすれば旅行にだって行けます。

    それなのに、

    4,000円。

    12,000円。

    7,000円。

    と少しずつ出ていくと使えてしまう。

    これも、自分のお金の使い方の癖なんでしょう。

    そして、たぶん「期待値の低いギャンブル」をしている

    では、なぜそこまでして朝まで飲むのか。

    改めて、

    「なぜ自分はそこまでして朝まで飲むんだろう?」

    と考えてみました。

    すると、自分なりの答えは結構見えてきました。

    まず、

    使った金額と満足度が見合っていない。

    さらに翌日の倦怠感まで考えると、

    「お金を無駄にしたな」

    という感覚が残ります。

    それでも繰り返すのはなぜなのか。

    たぶん私は、飲みながら**「期待値の低いギャンブル」**をしているんだと思います。

    途中でキャバクラを挟むあたりに、私の性癖も見え隠れします(笑)。

    要は、モテたいんでしょう。

    女性から認められたい。

    そして、

    「もしかしたらワンチャンあるんじゃないか?」

    という期待。

    でも大抵、何も起こりません(笑)。

    満足できない。

    すると、

    「次の店なら……」

    とまた移動する。

    そして、また期待する。

    何も起きない。

    また次へ行く。

    これを繰り返しているうちに、7万7,000円になる。

    冷静に考えれば、かなり期待値の低いゲームです。

    お金の勉強より、自分の勉強なのかもしれない

    ここまで考えると、これは単なる節約の話ではない気がしています。

    NISAや株式投資を勉強する。

    家計を把握する。

    将来必要なお金を計算する。

    もちろん、それも大切です。

    でも、それ以前に、

    自分はどんな時にお金を使ってしまう人間なのか。

    これを理解することも、お金の勉強なんじゃないかと思います。

    投資でも、

    「下がったから買いたい」

    「損を取り返したい」

    「もう少し上がるかもしれない」

    と感情が動きます。

    飲みに行った時も、

    「次なら楽しいかもしれない」

    「もう1軒くらいなら」

    と感情が動く。

    考えてみれば、結構似ています。

    知識だけでは、自分の感情まではコントロールできない。

    だからこそ、自分がどういう時に判断を間違えるのかを知っておく必要があるんでしょう。

    そして私は、自分に結構甘い(笑)。

    「月1回なら」

    「今日くらい」

    「あと1軒だけ」

    そうやって、自分で作ったルールを自分で緩めてしまう。

    「やらない」ではなく「負けを小さくする」

    だったら、

    「絶対にやらない」

    と精神論で戦うより、

    やってしまう自分を前提に、物理的に負けを小さくする。

    その方が、私には向いているのかもしれません。

    終電で帰る。

    深夜から高い店には行かない。

    満足できなかったからといって、

    「次なら」

    と追いかけない。

    そして何より、

    7万円を使った後に「旅行に行けたな」と考えるのではなく、使う前に考える。

    たぶん大事なのは、これなんでしょう。

    お金を管理する前に、お金を使う自分を理解する

    50代になって、以前よりはお金について考えるようになりました。

    投資もする。

    将来の資産も考える。

    配当も増やしたい。

    旅行にも行きたい。

    やりたいことも、どんどん増えています。

    だからこそ、単純に「節約しよう」ではなく、

    自分にとって満足度の高いところに、お金を使えるようになりたい。

    そう思います。

    飲みに行くこと自体をやめたいわけではありません。

    楽しいお酒なら、それも人生を豊かにするお金の使い方だと思います。

    ただ、

    満足していないのに「次なら」と追いかけ続ける7万7,000円は違う。

    今回、自分が見直したいのはそこです。

    お金を管理する前に、お金を使う自分を理解する。

    人生の再設計というのは、資産運用や将来設計だけではない。

    こういう自分のどうしようもない癖を一つずつ知って、少しずつ修正していくことも、再設計なのかもしれません。

    50歳になっても、まだまだ自分の勉強は続きそうです。

    人生は終わらない。

    50代、まだ終わらない。

  • 50代、やりたいことが163個になった|叶えるほど夢が増えていく

    50代、やりたいことが163個になった|叶えるほど夢が増えていく

    100個のつもりが、気づけば163個になった

    私は以前、「100のやりたいこと」を作りました。

    作った経緯については以前のブログに書いたので、そちらを見ていただければと思います。

    100のやりたいことリストを書いた理由

    このリストを作ったとき、確かどこかのサイトかテレビか動画で、

    「やりたいことを100個書くのは、意外と難しい」

    というような話を見たのがきっかけだった気がします。

    確かに最初は、

    「100個も書けるかな」

    と思っていました。

    ところが今はどうでしょう。

    163個あります(笑)。

    しかも、今年に入ってからだけでも45個ほど増えました。

    減るどころか、動けば動いた分だけ、やりたいことが湯水のように増えています。

    最近では、

    「100個に収める必要なんてないんじゃないか」

    と思うようになりました。

    行動すると、次の「やりたいこと」が見えてくる

    今年1月、私は開業届を出しました。

    これで会社員でありながら、個人事業主にもなりました。

    まだ活動を始めたばかりで、売上はこれからです。

    すると今度は、

    個人事業主として売上を上げたい。

    アフィリエイトで1円でも売上を作りたい。

    いつか法人化したい。

    そんな新しい目標が生まれました。

    ブログを始めれば、

    ブログを100記事書きたい。

    PVを増やしたい。

    Xを始めれば、

    フォロワー100人。

    次は300人。

    というように、また新しい目標が生まれる。

    一つ始めると、その先にある次の景色が見えてくるんですよね。

    旅も、一つ叶えると次の夢を連れてくる

    旅行も同じでした。

    今年は、

    広島。

    道北。

    台湾。

    などへ行きました。

    行った場所そのものが「やりたいこと」の達成になることもあれば、そこから新しい目標が生まれることもあります。

    例えば、宗谷岬と礼文島に行きました。

    すると今度は、

    日本の最東端にも行きたい。

    最南端にも行きたい。

    最西端にも行きたい。

    四極踏破証明書も欲しい。

    というように、一つの旅から夢が枝分かれしました。

    海外旅行も同じです。

    今回、初めてプライベートで台湾へ行きました。

    すると、

    一人でも海外へ行ってみたい。

    次はタイへ行きたい。

    シンガポールにも行きたい。

    カナダにも行きたい。

    ヨーロッパも見てみたい。

    というように、どんどん広がっていきました。

    「タイに行きたい」と思ったら、アユタヤ遺跡も見たくなる

    私の場合、やりたいことはかなり枝分かれします。

    例えば、

    「タイに行きたい」

    と思う。

    すると、タイについて調べます。

    そうすると、

    アユタヤ遺跡。

    寺院。

    現地のグルメ。

    知らなかった場所や体験が次々に出てきます。

    そして、

    「ここも行ってみたい」

    と、またリストに追加する。

    逆のパターンもあります。

    九份には以前から行きたいと思っていて、「100のやりたいこと」にも入っていました。

    その九份へ行くために、

    「台湾に行きたい」

    という大きな目標が後から加わったように思います。

    つまり、

    国を知って観光地が増えることもあれば、

    一つの観光地を知って、その国へ行きたくなることもある。

    知らないものは、そもそも「やりたいこと」にはならない。

    知ることで、初めて夢になる。

    これが163個まで増えた理由の一つなのだと思います。

    妹のカナダ旅行が、さらに世界を広げてくれた

    台湾旅行の直後、一緒に台湾へ行った妹が今度はカナダへ行きました。

    実は以前、母と妹二人、そして私でカナダへ行こうという話がありました。

    コロナの影響で、その計画はなくなってしまいました。

    そもそも、なぜカナダだったのか。

    そこには妹が20代の頃に出会った、一人のカナダ人女性が関係しています。

    妹がオーストラリアで出会った「カナダのおばちゃん」

    妹は20代の頃、ワーキングホリデーでオーストラリアに1年間住んでいました。

    ただ、当時は職場と自宅の往復のような生活をしていたらしく、母に、

    「オーストラリアまで行って、何も観光してないの?」

    と言われたそうです(笑)。

    そこで最後に1か月ほどかけてオーストラリアを旅行しました。

    その旅先のツアーで知り合ったのが、カナダ人のおばちゃんでした。

    それから何十年。

    Facebookやメール、手紙などで交流が続いています。

    実際に会った回数はそれほど多くありません。

    オーストラリアで出会ったとき。

    妹がカナダへ行ったとき。

    おばちゃんが日本へ旅行に来たとき。

    そして今回。

    それでも関係はずっと続いている。

    私はその話を聞いて、

    「そんな関係もあるんだな」

    と、とても面白く感じました。

    夜中のトロントで助けてくれた話

    妹が以前カナダへ旅行したときのことです。

    交通トラブルがあり、カナダに到着したのが夜になってしまったそうです。

    泊まる場所もなく困っていると、

    「うちに来なさい」

    と言われた。

    妹は夜中にタクシーでトロントの自宅へ向かいました。

    ところが、持っているお金も十分ではない。

    真っ暗な住宅街で、タクシーの運転手から降りるように言われ、

    「本当にここで合ってるの?」

    と何度も確認したそうです。

    すると、一軒の家に明かりがつきました。

    そして、その家から折りたたんだお金を握ったおばちゃんの妹さんが走ってきたそうです。

    話を聞いただけなのに、

    なんだか映画みたいだなと思いました。

    「私がGoogleマップだ」

    その後、お世話になったお礼もあり、今度はおばちゃんが東京へ来たときに妹が夕食へ誘いました。

    新宿のホテルに泊まるというので、一緒に食事へ。

    ところが妹は普段新宿へあまり行かないため、帰り道が分からなくなったそうです(笑)。

    するとおばちゃんが、

    「私がGoogleマップだ」

    と言って、結局おばちゃんの方がホテルまで連れて帰ってくれたらしい。

    さらに、

    「今までお世話になったから、今日は私がご馳走する」

    と思っていた妹に対して、

    「孫みたいな年のやつに、おごってもらえるか」

    と、結局おばちゃんが食事代まで出したそうです(笑)。

    このエピソードだけでも、どんな人なのか何となく想像できます。

    80歳を超えても続く、海外の親戚のような関係

    そして今回。

    おばちゃんも80歳を超え、

    「元気なうちにもう一度会っておきたい」

    ということで、妹はカナダへ行くことにしました。

    私自身、以前仲の良かったニューヨークの取引先の方が突然亡くなり、

    「あのとき会いに行っておけばよかった」

    と強く後悔した経験があります。

    だから妹には、

    「会えるうちに行った方がいい」

    と勧めました。

    妹はせっかくカナダへ行くならと、イエローナイフにも行くことにしたそうです。

    その話を聞いたおばちゃんからは、

    「いつ来るんだ」

    「何日いるんだ」

    とものすごい連絡が来たそうです(笑)。

    結局、2泊おばちゃんの家に泊まり、その後イエローナイフへ向かいました。

    今回も、

    「海外にいっぱい行ってるのに英語話せなくなってるじゃないか」

    「旅行ばっかりしてるのに、本当に何も知らないな」

    「そんなに海外へ行ってるのに友達いないのか」

    など、相変わらず悪態をつかれたようです(笑)。

    でも帰るときには、

    家にあるものをお土産として持たせてくれる。

    さらに、

    「イエローナイフには夜着くだろう。何も食べるものがなかったら困る」

    と、サンドイッチとクッキーまで持たせてくれた。

    滞在中の食事も全部ご馳走になったそうです。

    話を聞いていると、

    遠い海外にいる親戚のおばあちゃん

    のような関係に思えてきます。

    定年後に世界100か国を旅した人

    そして、このカナダのおばちゃんについて、もう一つ驚いたことがあります。

    妹の話によると、これまで世界100か国ほどを旅しているそうです。

    しかも、その多くは定年してから。

    私はこれを聞いて、

    「すごい行動力だな」

    と素直に思いました。

    定年したらゆっくり過ごす。

    そんな生き方ももちろんいいと思います。

    でも、このおばちゃんは定年してから世界へ出た。

    知らない国へ行き、知らない文化に触れ、知らない人と出会う。

    そして80歳を超えた今でも、人とのつながりを大切にしている。

    そんな生き方を聞いていると、

    「50代の自分が、もう遅いなんて言っている場合じゃないな」

    と思わされます(笑)。

    私はこれまで、日本国内についてはかなりいろいろな場所へ行ってきました。

    でも世界に目を向ければ、知らない場所ばかりです。

    知らない文化。

    知らない歴史。

    知らない食べ物。

    知らない価値観。

    そして、まだ会ったことのない人たち。

    台湾へ行ったことで、海外への心理的なハードルが一つ下がりました。

    そこへ、定年後に世界100か国を旅したおばちゃんの話を聞いた。

    その二つが重なって、

    「もっと世界を見て、自分の見識を広げたい」

    と思うようになりました。

    旅行は、観光名所を見て写真を撮るだけではない。

    自分が今まで「当たり前」だと思っていたものが、実は世界では当たり前ではないと知る。

    逆に、日本にいるだけでは気づかなかった日本の良さを知ることもある。

    そうやって少しずつ、自分の考え方の幅を広げていけたらいい。

    今は、そんなふうに思っています。

    イエローナイフのオーロラを見て、また一つ夢が増えた

    イエローナイフの夜空に広がる緑色のオーロラ
    イエローナイフで撮影した夜空いっぱいに広がるオーロラ

    その後、妹からイエローナイフの写真が送られてきました。

    そこには、本当にきれいなオーロラが写っていました。

    それを見て、

    「自分も見てみたい」

    と思いました。

    そしてまた一つ、やりたいことが増える(笑)。

    こうやって夢は増えていくのだと思います。

    旅の目的は「場所」だけではなくなってきた

    私は今回、妹とカナダのおばちゃんの関係を見て、もう一つ思ったことがあります。

    日本に住んでいても、

    「この人とは本当に考え方が合うな」

    と思える人って、そんなに多くありません。

    年齢。

    国籍。

    性別。

    住んでいる場所。

    そういうものとは関係なく、

    本当に自分と合う人に出会えること自体が、かなり特別なこと

    なのだと思います。

    それが遠い海外で起きることもある。

    何十年も交流が続くこともある。

    そう考えると、

    観光地を見る。

    美味しいものを食べる。

    世界遺産を巡る。

    それだけではなく、

    「世界のどこかで、自分と本当に合う人に出会ってみたい」

    ということも、これからの旅の目的の一つになりました。

    困っている人を助けられる人になりたい

    そして、カナダのおばちゃんの話を聞いて、もう一つ強く思いました。

    困っている人がいたら、できるだけ助けよう。

    ということです。

    言葉が通じなくても。

    知らない人でも。

    困っていることが分かったなら、自分にできる範囲で手を差し伸べる。

    海外では、

    「困ったら声を出せば、誰かが助けてくれる」

    という考え方もあります。

    でも、それが成り立つためには、

    困っている人を助ける側の人間も必要です。

    私も、そんな人になれたらいいなと思います。

    「100のやりたいこと」は、人生の地図になってきた

    最初は、

    「100個書いて、少しずつ達成していこう」

    くらいに考えていたリストでした。

    でも今では163個。

    しかも、この記事について考えている間にも増えました(笑)。

    例えば以前から、

    「ディズニーランドを貸し切りたい」

    という項目がありました。

    調べてみると、東京ディズニーリゾートにはプライベートVIPツアーという特別な体験があることを知りました。

    すると、

    「大切な人とプライベートVIPツアーを体験する」

    が新たに追加されました。

    さらに海外旅行について考えていたら、

    「まず海外10か国へ行く」

    という目標も追加しました。

    161個だったはずが、あっという間に163個です(笑)。

    でも、最近はそれでいいと思っています。

    やりたいことは、叶えるほど増えていく

    昔は、やりたいことリストというものは、

    一つ叶えたら一つ消していくものだと思っていました。

    でも実際にやってみると、まったく違いました。

    一つ調べる。

    知らなかったことを知る。

    一つやってみる。

    新しい世界を見る。

    そこでまた、

    「これもやってみたい」

    が生まれる。

    夢は、消化するものではなく、

    行動することで枝分かれしていくもの

    なのかもしれません。

    100個で終わるはずだったリストは、163個になりました。

    これから200個になるかもしれません。

    300個になるかもしれない。

    それでいい。

    やりたいことが増えるということは、

    まだ自分が知らない世界が、それだけたくさん残っているということ

    だと思うからです。

    そして、いつか振り返ったときに、

    「結構いろいろやったな」

    と思えれば、それでいい。

    まだ見たことのない景色がある。

    まだ知らない文化がある。

    まだ会ったことのない人がいる。

    そして、

    まだ知らない自分もいる。

    だから、これからも一つずつやってみたいと思います。

    人生は終わらない。

    50代。

    まだ終わらない。

  • 50代でブログ50記事を書いて分かったこと|書いていたのは自分の人生だった

    50代でブログ50記事を書いて分かったこと|書いていたのは自分の人生だった


    まさか自分が50記事も書けるとは思わなかった

    AIで作成した祝ブログ50記事達成のイラスト

    まず最初に、単純に50本も記事を書けたことに自分自身が驚いています。

    このブログは、まだ検索サイトでもサイト名を直接入力しないとなかなか出てこないくらいで、決して多くの人に読まれているブログではありません。

    それでも、Xからブログを読みに来てくださる方が少しずつ増えてきました。

    読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。

    ブログを始めた頃は、

    「そんなに書くことなんてあるかな」

    と思っていました。

    特別に濃い人生を送ってきたつもりもない。

    すぐにネタがなくなってしまうんじゃないか。

    そんなことも考えていました。

    でも、書き始めてみると違いました。

    コロナ以降、自分が何を考えてきたのか。

    何を変えようとしてきたのか。

    これからどう生きたいのか。

    それを記録する場所として、ブログは思っていた以上に面白かったのです。

    そして、もう一つ。

    私がブログを書こうと思った理由があります。

    いつか子どもが読んでくれたら面白い

    私は離婚しているので、子どもとは離れて暮らしています。

    だから、いつか子どもがこのブログを見つけて、

    「親父、こんなこと考えてたんだな」

    と思ってくれたら、それも面白いなと思いました。

    決して格好いい父親の話ばかりではありません。

    失敗もしています。

    迷っています。

    お金のことも考えるし、仕事の愚痴だってあります(笑)。

    でも、

    父親が50代になって何を考え、どう生きようとしていたのか。

    そこから何か一つでも感じてもらえたらうれしい。

    そんな思いもあって書き始めました。

    半年間書いてみたら、自分の2年間が見えてきた

    一番最初の記事を投稿したのが2月24日。

    そこから約半年で50記事になりました。

    そして、このブログを書いていて気づいたことがあります。

    私にとって、この2年くらいはかなり大きな転換期だったということです。

    川崎区に持っていたマンションを売却して、みなとみらいへ引っ越しました。

    住む場所を変えたのも、

    「これからの人生を変えてみよう」

    と意識した行動の一つでした。

    それ以前、会社員として特別大きな不安があったわけではありません。

    離婚後も、それなりに自由でした。

    一人の生活も満喫していました。

    でも、ずっと心のどこかに、

    「このままでいいのだろうか」

    という気持ちはありました。

    それが大きく変わったきっかけが、コロナでした。

    「本当にやりたいことをやっているのか」

    コロナで死にかけたことで、私は自分の人生について真剣に考えるようになりました。

    本当にやりたいことをやっているのか。

    ただ毎日を流されるままに生きていないか。

    仕事をして、家に帰って、寝る。

    そして、また仕事へ行く。

    それを繰り返しているうちに人生が終わってしまっていいのか。

    そんなことを考えるようになりました。

    もちろん、会社員として働いてきた25年以上を否定するつもりはありません。

    むしろ今の自分を作ってくれた大切な時間です。

    ただ、

    「会社員であること」と「自分の人生を生きること」は別なんじゃないか。

    そう思うようになりました。

    私たち就職氷河期世代が50代になった

    私は、いわゆる就職氷河期世代です。

    高校を卒業する頃にはバブルが崩壊。

    大学を出て社会に出ても不景気。

    会社では下の人間を最低限しか採用しないから、仕事はどんどん増えていく。

    それでも、給料はそれほど上がらない。

    上にはバブル世代の豪快さや、今では考えられないようなパワハラ体質も残っていました。

    そして、自分が役職につく頃になると今度は時代が変わりました。

    会社に対する価値観も変わり、ハラスメントにも細心の注意を払わなければならない。

    そう考えると、

    「私たちの世代って、なかなか大変だったよな」

    と思うことがあります。

    一言でいえば、不遇の世代だったのかもしれません。

    でも、だからといって、

    ずっと誰かのせいにして人生を終えるわけにもいきません。

    人生の主役は、結局自分です。

    何かを変えたければ、自分が動くしかない

    この2年間、私はいろいろなことを始めました。

    ブログ。

    X。

    Instagram。

    投資。

    旅行。

    キャンプ。

    そして開業届も出しました。

    会社員でありながら、個人事業主にもなりました。

    まだ赤字です(笑)。

    でも、それでいいと思っています。

    少しずつ形にして、もし軌道に乗れば法人化することだって考えています。

    もともと離婚してから、行動力はある方だったと思います。

    ChatGPTにいろいろ相談していても、

    「提案したことを、ここまですぐ実行する人は珍しい」

    と言われたことがあります(笑)。

    もちろん、不安がないわけではありません。

    むしろ不安だらけです。

    でも、そんな私を勝手に励ましてくれた人たちがいました。

    50代で動き始めた人たちは、私にとって「勇者」だった

    Xやブログを始めて、同世代の人たちの発信をたくさん見るようになりました。

    親の介護。

    会社への不安。

    仕事への不満。

    老後のお金。

    健康。

    そして、新しく事業を始めた人。

    みんな、それぞれ何かを抱えています。

    不安のない人なんて、ほとんどいないのだと思います。

    それでも、

    50代から何かを変えようとしている。

    私にとって、そんな人たちは「勇者」です。

    会ったことがなくてもいい。

    ネット上のつながりだけでもいい。

    同じ世代の人が頑張っている投稿を見るだけで、

    「自分も頑張らなきゃな」

    と思えます。

    これは、ブログやSNSを始めるまで知らなかった世界でした。

    50記事書いて、自分が何を残したかったのか分かった

    このブログには、コロナで死にかけたことから始まり、そこから自分が何を考えて、どう動いてきたのかを書いています。

    「100のやりたいこと」を作ったこと。

    住む場所を変えたこと。

    投資を始めたこと。

    旅行へ行ったこと。

    50代になって考える仕事のこと。

    お金のこと。

    人生のこと。

    そして50記事まで書いてきて、ようやく少し分かった気がします。

    私は文章を書きたかったのではなく、自分がどう生きたのかを残したかったのかもしれません。

    年齢を重ねた経営者が、本を書きたくなる気持ちが少し分かりました(笑)。

    結局、人はどこかで、

    「自分が生きた証を残したい」

    と思うのかもしれません。

    50記事が100記事、200記事になったら

    今はまだ50記事です。

    でも、100記事になったらどうなるだろう。

    200記事になったらどうなるだろう。

    50記事なら半年間の記録。

    100記事になれば、もっと長い時間の自分が残ります。

    200記事になったときには、

    50代の私が何を考え、

    何に悩み、

    何を始め、

    何に失敗し、

    何を実現できたのか。

    かなりの部分が残っているはずです。

    そうなったら、これはもう単なるブログではありません。

    私自身の人生の記録です。

    そして、いつか子どもが読んでくれたとしたら、

    「親父、結構いろいろやってたんだな」

    くらいに思ってくれれば、それで十分です。

    50本書いた。でも、まだ途中です

    50記事まで来たからといって、何か大きなことを成し遂げたわけではありません。

    ブログのアクセスも、まだまだです。

    個人事業もこれから。

    投資もこれから。

    やりたいことだって、たくさん残っています。

    でも、50記事を書いたことで一つだけ確信したことがあります。

    人生は、自分で動けば少しずつ変わる。

    一気に変える必要なんてありません。

    ブログだって、最初から50記事を書こうと思っていたわけではありません。

    一記事書く。

    また一記事書く。

    それを繰り返していたら、50記事になりました。

    人生も同じなのかもしれません。

    一つやってみる。

    うまくいかなければ考える。

    また次をやってみる。

    その積み重ねが、いつか自分の人生になる。

    だから、これからも気負わずコツコツ書いていこうと思います。

    そして、このブログ以外にも、

    「自分が生きた証をどう残していくのか」

    これから少しずつ考えていきたいと思っています。

    50記事はゴールではありません。

    まだ途中です。

    人生は終わらない。

    50代。

    まだ終わらない。

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    ▼人生再設計シリーズ

    私が横浜を好きな理由。気付けば柴田恭兵さんに憧れていた

    50代で「みなとみらいに住む」という選択|年収770万円でも実現した方法

    100のやりたいこと

    ソロキャンプで自分を取り戻した話

    投資はお金より「安心感」だった

  • 50代になって変わったこと・変わらなかったこと|30代の自分と比べてみた

    50代になって変わったこと・変わらなかったこと|30代の自分と比べてみた

    最近、異世界転生系のアニメをよく見かけます。

    今の知識を持ったまま子どもの頃に戻ったり、別の世界に転生したり。

    「今の知識があれば無双できるのでは?」

    そんなことを考えたことがある人も多いのではないでしょうか。

    私も今の知識や経験を持ったまま人生をやり直せたら、人生は間違いなく変わると思います。

    バカリズムさん脚本のドラマ「ブラッシュアップライフ」が好きなのですが、主演の安藤サクラさん演じる主人公が、事故をきっかけに自分の人生を何度もやり直すという物語です。

    「もし、人生をもう一度やり直せたら」

    この願望は、たぶん多くの人が一度くらい持ったことがあるのではないでしょうか。

    ドラマ「ブラッシュアップライフ」をきっかけに人生をやり直すことについて考えるイメージ

    僕は契約してないですがネットフリックスで見れるようです!

    https://www.netflix.com/jp/

    後悔がまったくない人生を歩んできた人は、本当に少ないと思います。

    私自身、50代になって、

    「若い頃にはできたのに、今はできなくなったな」

    と感じることが増えてきました。

    体力も落ちた。

    疲れも取れにくい。

    人の名前もなかなか出てこない(笑)。

    でも、その一方で思うんです。

    若い頃にはできなかったけれど、今だからできるようになったことも、かなり増えているのではないか。

    50代ともなれば、なんだかんだ社会に出て何十年も経験を積んでいます。

    「自分なんて大したことをやってこなかった」

    と思っている会社員でも、実際にはそんなことはないと思います。

    仕事、人間関係、お金、失敗、成功。

    その一つ一つの積み重ねが、今の自分を作っています。

    私は若いうちに離婚してしまったので、家庭という意味での経験値は少し乏しいのかもしれません。

    今の年齢なら、もう少しうまくできたことや、相手と通じ合えたこともあったのではないか。

    そんなふうに少し残念に思うこともあります。

    では実際、30代の自分と50代の自分。

    どちらの方が「できる自分」なのか。

    自分なりに比べてみました。

    30代の自分と50代の自分を比べてみた

    30代と50代の自分を体力・回復力・記憶力・行動力・継続力・判断力などで比較した自己分析表

    ここに今回作った「30代の自分 VS 50代の自分」の画像を挿入

    こうして並べてみると、結構面白い結果になりました。

    体力・回復力・記憶力は30代の圧勝(笑)

    これはもう、認めるしかありません。

    体力。

    回復力。

    記憶力。

    見事に30代の三連勝です(笑)。

    昔なら少しくらい無理をしても、寝ればなんとかなった。

    今はそうはいきません。

    記憶力も、

    「あの人、なんて名前だっけ?」

    「あれ、何しようとしてたんだっけ?」

    なんてことが増えました(笑)。

    このあたりは、さすがに若さには勝てません。

    でも、比較してみて面白かったのはここからです。

    50代になって圧倒的に上がったものもある

    集中力。

    行動力。

    継続力。

    判断力。

    自己管理力。

    人生設計力。

    そして経済力。

    これらについては、私の場合、明らかに50代の今の方が上です。

    特に自分でも驚いているのが、継続力と行動力です。

    若い頃の私は、今よりずっと保守的でした。

    何かを始めても長く続かなかった。

    ところが50代になった今の方が、新しいことを始めています。

    ブログもそう。

    SNSもそう。

    投資もそう。

    海外旅行もそう。

    50代でみなとみらいへ引っ越したこともそうです。

    年齢だけを考えれば、若い頃よりできなくなっているはずなのに、

    実際には今の方が、やっていることが多い。

    表を作って自己分析してみて、改めてそれに気づきました。

    結局、50代の今の方が「できること」は増えていた

    もちろん、若さは欲しいです(笑)。

    30代の体力と回復力が今あったら最高だと思います。

    でも、今が一番若い。

    そして、まだまだできることはある。

    結局、自分にブレーキをかけているのは自分自身なのかもしれません。

    私が強くそう思うようになったきっかけの一つが、コロナでした。

    もし、自分に突然死が訪れたとしたら。

    何を思うだろう。

    「もう少しこうしておけばよかった」

    「あのとき、やっておけばよかった」

    きっと、やり残したことをいくつも思い浮かべると思います。

    時を戻すことはできません。

    でも、

    これからを変えることはできる。

    結局、それは自分次第なのだと思います。

    「100のやりたいこと」を作って行動するようになった

    私は今、「100のやりたいこと」を作って、一つずつ行動しています。

    そして、それを叶えるために今はかなり本気で取り組んでいます。

    投資をしているのも、その行動のための原資を作りたいからです。

    最近始めたSNSにも目的があります。

    一人ではくじけそうになる自分を奮い立たせること。

    そして、同年代で考え方の近い人たちとつながることです。

    実際、Xを見ていると、

    「50代からもう一度頑張ろう」

    「まだまだ人生を楽しみたい」

    そんな考えを持って行動している同世代の方がたくさんいます。

    実際に会ったことがなくてもいい。

    ネット上だけのつながりでもいい。

    同世代の人が頑張っている投稿を見るだけで、

    「自分も頑張らなきゃな」

    と思えることがあります。

    それだけでも、私にとってSNSをやる意味があります。

    会社に対する考え方も50代になって変わった

    これは、若い頃の自分とは明らかに変わりました。

    以前の私は、

    「揉めるくらいなら言わなくてもいいか」

    「自分が我慢すれば収まるなら、それでいいか」

    と考えることが多かったように思います。

    でも今は違います。

    疑問に思ったことは、できるだけ意見するようになりました。

    決して誰かを攻撃したいわけではありません。

    ただ、

    自分がおかしいと思ったことについて、自分の意見をきちんと伝える。

    そうするようになりました。

    年齢を重ねて、ふてぶてしくなっただけかもしれません(笑)。

    でも、仕事についても、自分がやっていることを会社へきちんと伝えるようになりました。

    給料についても毎年交渉するようになりました。

    私の会社は大企業ではないので、交渉することによって、少なからずベースアップにもつながっています。

    有休も「使わずになくす」ことをやめた

    以前は毎年、有休を使い切れずに失効させていました。

    でも最近は、できる限り取るようにしています。

    会社は、自分がいなくても回ります。

    もし私が休むことで他の人に大きな負荷がかかるのなら、それは事前に自分で調整すればいい。

    仕事はもちろん大切です。

    でも、

    今だからできること。

    今やらなければできないこと。

    それも確実に存在します。

    そして、それを実行できるのは自分だけです。

    若い頃にはなかった「判断力」という武器

    50代になって一番大きいのは、これなのかもしれません。

    経験値です。

    失敗したこと。

    うまくいったこと。

    人を見ること。

    仕事でトラブルになったこと。

    お金で失敗したこと。

    人間関係で後悔したこと。

    30代の自分には、それが圧倒的に足りませんでした。

    50代の自分には、30代の頃の体力はありません。

    でも、何かが起きたときに、

    「これは以前のあのパターンに似ているな」

    「これはやめておいた方がいい」

    「これは今やった方がいい」

    と判断できることは増えました。

    体力は若い頃には戻せないかもしれません。

    でも経験値は、今まで生きてきた時間そのものです。

    そう考えると、

    年齢を重ねることは、失うことばかりではない。

    そんなふうにも思います。

    50代になって「時間」の価値が変わった

    若い頃より、明らかに時間を無駄にしなくなりました。

    正確には「若い頃」というより、コロナ前と比べて、という方が近いかもしれません。

    やりたいと思ったことは、できるだけやる。

    疑問に思ったことは聞く。

    行きたい場所には行く。

    会いたい人には会う。

    もちろん、全部できるわけではありません。

    でも、

    「いつかやろう」

    だけで終わらせることは減りました。

    前回書いた初めての海外旅行も、50代でのみなとみらいへの引っ越しも、その一つです。

    若い頃には、

    「まだ時間はある」

    と思っていました。

    50代になると、

    「できる時間には限りがある」

    と実感します。

    でも、それは悲観することではないと思っています。

    時間が限られていると分かったからこそ、何に使うのかを考えるようになった。

    それも50代になって得たものなのかもしれません。

    30代には戻れない。でも、50代の今だからできることがある

    もし本当に「ブラッシュアップライフ」のように人生をやり直せるなら。

    30代の体力。

    50代の経験。

    両方を持って人生をやり直したいです(笑)。

    でも現実では、時間を戻すことはできません。

    だからこそ、これからをどうするか。

    それを考えるしかありません。

    30代の自分には30代の良さがありました。

    50代の自分には50代の良さがあります。

    できなくなったこともある。

    でも、

    できるようになったことも、想像以上にたくさんありました。

    今回、30代の自分と50代の自分を表にして比べてみたことで、それを改めて実感しました。

    今だからできることを、今やる

    私は、若い頃に戻りたいと思うことがあります。

    もっとこうしておけばよかった。

    あれをやっておけばよかった。

    そんな後悔もあります。

    でも、過去は変えられません。

    変えられるのは、これからだけです。

    今だからできること。

    今だから行ける場所。

    今だから会える人。

    今だから挑戦できること。

    それを一つずつやっていきたいと思っています。

    体力では30代の自分に負けました。

    回復力でも負けました。

    記憶力でも負けました(笑)。

    でも、最終結果は、

    50代の自分の勝ち。

    そう思える人生にしていきたい。

    そして数年後、60代になった自分が50代の自分を振り返ったとき、

    「あのとき動いておいてよかった」

    と思えたら、それでいい。

    今の私にできるのは、今日からの時間を使うことです。

    人生は終わらない。

    50代、まだ終わらない。

  • 50代、完璧を目指すのをやめた|続けるために私が決めたこと

    50代、完璧を目指すのをやめた|続けるために私が決めたこと

    私は「続かない人間」だと思っていた

    私は弱い人間だ。

    受験勉強もそうだし、運動もそうだ。

    気乗りしないとすぐ怠けるし、やりたくなくなる。

    「自分は意志が弱いんだろうな」

    昔から、そんなふうに思っていました。

    以前、一度ChatGPTにそんな自分のことを相談したことがあります。

    すると、ちょっと意外な答えが返ってきました。

    「それは完璧主義なのかもしれません」

    最初は、

    「いやいや、私が完璧主義?」

    と思いました。

    自分では、どちらかというといい加減な人間だと思っていたからです。

    でも、よく考えてみると、なんとなく腑に落ちる部分がありました。

    一度できなくなると、全部やめたくなる

    何かを始めても、一回できなかったり、思ったように進まなかったりすると、途端に続けるのが嫌になる。

    手帳なんかもそうでした。

    最初はきれいに予定を書いている。

    でも、少し書かない日が続く。

    空白ができる。

    すると、だんだん書くのが嫌になって、3か月、4か月くらいで予定表が止まってしまう。

    そんなことが何度もありました。

    人に対しても、昔は似たようなところがあったと思います。

    ちゃんとやらない人を見ると、

    「なんでちゃんとやらないんだろう」

    と、自分まで気分が悪くなる。

    自分にも他人にも、

    「こうあるべき」

    を求めすぎていたのかもしれません。

    50代になって、完璧を目指すのをやめた

    でも50代になって、少し考え方が変わりました。

    何も、すべてを完璧にこなす必要なんてない。

    疲れたら休めばいい。

    今日はやりたくないと思ったら、やらない日があってもいい。

    多少いい加減でも、また戻ればいい。

    毎回100点を取ることよりも、60点でも70点でも続ける。

    そして、やめてしまったとしても、また始めればいい。

    今は、そちらの方が大切だと思っています。

    人生は長い。

    1日や1週間で見れば大した差ではなくても、5年、10年と続けば大きな差になる。

    50代になった今だからこそ、それが少し分かるようになりました。

    仕事が教えてくれた「完璧より前に進めること」

    仕事だってそうです。

    最初から何でもできたわけではありません。

    でも25年以上会社員を続けていると、ちょっとやそっとのことでは動じなくなりました。

    トラブルが起きても、

    「まあ、何とかなるだろう」

    と思える。

    実際、今までの経験則を使えば、それなりに仕事を回せるようになっています。

    役職がついてからは、特にそう感じます。

    自分一人で仕事をしているわけではありません。

    人にお願いする。

    人に動いてもらう。

    自分ではコントロールできないことも増える。

    当然、自分が思っていた通りには進みません。

    昔の私なら、それが嫌だったのかもしれません。

    でも今は違います。

    100点じゃなくてもいい。

    予定通りじゃなくてもいい。

    一番大切なのは、前に進めること。

    止まってしまうより、少しでも前へ進む。

    仕事をしてきた25年以上の時間から学んだことの一つです。

    「継続は力」は、きれいごとではなかった

    昔から、

    「継続は力なり」

    という言葉があります。

    若い頃は、

    「まあ、そうだよね」

    くらいにしか思っていませんでした。

    でも50代になった今は、この言葉の意味が少し違って聞こえます。

    続けるということは、毎日完璧にやることではない。

    失敗する日もある。

    やらない日もある。

    嫌になることもある。

    それでも完全にはやめない。

    休んでも、また戻ってくる。

    それも「継続」なのではないかと思っています。

    「複利」はお金だけの話ではない

    投資をしていると、「複利」という言葉をよく聞きます。

    元本から利益が生まれ、その利益がさらに利益を生む。

    時間を味方につけることで、少しずつ大きくなっていく。

    でも最近思うのです。

    複利の効果って、お金だけの話ではないのではないか。

    会社員として積み重ねてきた経験。

    本を読んで得た知識。

    人との付き合い方。

    失敗した経験。

    仕事で怒られたこと。

    うまくいかなかったこと。

    そして、自分が50年間生きてきたことそのもの。

    一つ一つを見れば、大したことではないかもしれません。

    でも、それらが積み重なって今の自分を作っています。

    そう考えると、

    50年間生きてきたこと自体が「複利の賜物」なのかもしれません。

    50年生きると「点が線になる」ことがある

    50年生きていると、何度か不思議な経験をします。

    若い頃、

    「こんなことやって何になるんだろう」

    と思っていたこと。

    仕事だから仕方なくやったこと。

    上司に言われたからやったこと。

    お金をもらえるから、とりあえずやったこと。

    そのときは何の意味があるのか分からなかった。

    ところが何年も経ってから、

    「あのときの経験、ここで使うのか」

    と思うことがあります。

    昔やったことと、今やっていることがつながる。

    点だったものが、突然線になる。

    これは50年生きてきたからこそ、実感できることなのかもしれません。

    だったら、これからやることだって同じです。

    今やっていることも、いつか何かにつながる

    私は今、SNSをやっています。

    ブログも書いています。

    投資もしています。

    旅行にも行きたい。

    趣味も楽しみたい。

    今やっていることのすべてが、すぐに結果につながるとは思っていません。

    SNSをやったからといって、すぐ何かが変わるわけではない。

    ブログを書いたからといって、すぐ大きな収入になるわけでもない。

    旅行だって、お金を使って終わりなのかもしれません。

    でも、それでいいと思っています。

    今は点でもいい。

    いつか別の経験とつながって、線になるかもしれない。

    その経験が、これからの人生の肥やしになるかもしれない。

    だったら、

    やりたいと思ったことを、小さく始めてみる。

    そして、不格好でも続けてみる。

    今の私は、そう考えています。

    完璧じゃなくても、やめなければいい

    そして、まさにこのブログもそうです。

    ブログを始めたとき、

    「本当にそんなに書くことあるかな?」

    と思っていました。

    人生を再設計するといっても、いつかネタがなくなるんじゃないか。

    そんなことも考えていました。

    毎回、完璧な記事を書けているとも思っていません。

    文章がうまいとも思っていません。

    それでも、

    一つ書く。

    また一つ書く。

    思いついたことを書く。

    自分が経験したことを書く。

    そして、また次を書く。

    そうやって続けてきました。

    この記事が49本目です。

    そして次の記事で、

    50本になります。

    始めた頃には、ずいぶん先に見えていた数字です。

    でも、完璧じゃなくても一つずつ積み重ねれば、ちゃんとここまで来る。

    これも一つの「複利」なのかもしれません。

    50代、完璧より「続ける」を選ぶ

    若い頃の私は、

    「ちゃんとやらなければ」

    と思うことが多かった。

    でも50代になった今は、

    「どうしたらやめずにいられるか」

    を考えるようになりました。

    毎日じゃなくてもいい。

    休んでもいい。

    失敗してもいい。

    途中で嫌になってもいい。

    100点じゃなくてもいい。

    それでも、また戻ってくればいい。

    完璧にやることより、やめないこと。

    小さく始めて、少しずつ積み重ねる。

    その積み重ねが、いつか別の何かにつながるかもしれない。

    50年生きてきて、それを何度か経験したからこそ、今はそう思えます。

    そして今やっているSNSも、ブログも、投資も、趣味も、旅行も。

    これから先、どこにつながっていくのかは分かりません。

    でも、それも楽しみです。

    完璧じゃなくていい。

    少しずつでも、前へ進む。

    そして、できるだけやめない。

    それが今の私なりの、

    「意志力に頼らない生き方」

    なのかもしれません。

    人生は終わらない。

    50代、まだ終わらない。

  • 50代で気づいた。「何もしない」を減らしたい

    50代で気づいた。「何もしない」を減らしたい

    若い頃は、何となく一日が終わることが結構ありました。

    特に何をするわけでもなく、だらだら過ごす。

    朝は、

    「今日はあれをやろう」

    と思っていたのに、気づけば夕方。

    そして夜になり、

    「もう今日はいいか」

    となる。

    もちろん、こういう一日が悪いとは思いません。

    会社員として月曜日から金曜日まで働いていれば、何もしないで休む時間だって必要です。

    でも50代になって、私は少し考え方が変わりました。

    休むことと、何となく時間が過ぎてしまうことは違う。

    最近、そう思うようになりました。

    一日中ドラマを見る。それも立派な予定だと思う

    今日は家から出ない。

    一日中ドラマを見る。

    一日中アニメを見る。

    ゲームをする。

    寝て過ごす。

    私は、最初からそう決めて過ごすなら、それも有意義な時間の使い方だと思っています。

    むしろ、疲れているときには積極的に取り入れたい。

    でも、

    「何かやろうと思っていたのに、だらだらしていたら一日が終わってしまった」

    これは最近、かなりもったいないと感じるようになりました。

    私が減らしたいのは、「何もしない時間」そのものではありません。

    自分が意図していなかったのに、何となく消えてしまった時間です。

    50代になって、そういう時間に後悔を感じるようになりました。

    1日24時間は、今のところ誰にでも平等にある

    お金には人によって大きな差があります。

    仕事も違う。

    住んでいる場所も違う。

    置かれている環境も違います。

    でも、1日24時間という時間だけは、今のところすべての人に平等に与えられています。

    そして私は、この時間の使い方が、

    「自分のやりたいことをする」

    「自由になれる資産を作る」

    ということにも直結していると考えるようになりました。

    最近、本当によく思うことがあります。

    生活に余裕がある人ほど、時間の使い方がうまい。

    もちろん私自身、まだまだです。

    だらだらすることもあります(笑)。

    それでも時間に対する考え方を少し変えたことで、以前よりはずいぶん改善されたと思っています。

    では、実際に何を変えたのか。

    今の私が意識していることを書いてみます。

    まず、自分のことを知る

    一つ目は自己分析です。

    自分は何が得意なのか。

    何が不得意なのか。

    何ができて、何ができないのか。

    そして、

    これから自分はどうなりたいのか。

    これを考えることも自己分析に含まれると思っています。

    全部できる人なんていません。

    だからこそ、自分をある程度理解すると「やらなくていいこと」も見えてきます。

    同時に、自分が時間を使うべきものも見えてきます。

    自分を知ることは、時間の使い方を決める最初の一歩なのかもしれません。

    やりたいことに優先順位をつける

    二つ目は優先順位です。

    先ほどの「どういう自分になりたいのか」がある程度見えてくると、自分が何を優先すればいいのかも少しずつ見えてきます。

    会社員として組織に属していると、基本的には時間と収入が結びついています。

    決められた時間、会社にいる。

    決められた仕事をする。

    その対価として給料をもらう。

    その生活を長く続けていると、「時間を使う」ということに対して鈍感になってしまうこともあるような気がします。

    でも、自分の人生では自分が主役です。

    限られた時間を、

    何に使いたいのか。

    何をやりたいのか。

    どうなりたいのか。

    それを自分で考えて、優先順位を決める。

    50代になった今、それがとても大切だと感じています。

    続けたいことは「仕組み」にしてしまう

    三つ目は仕組み化です。

    私は最近、何かをやりたいと思ったとき、

    「頑張ろう」ではなく「どうすれば続けられるか」

    を考えるようにしています。

    どんなルールなら続くのか。

    どうすれば、より効果的になるのか。

    仕事の売上管理でも同じですが、目標を達成するためには具体的な施策と仕組みが必要です。

    そこで、今の私が実際に仕組み化しているものを少し紹介します。

    細かなルールについては、人によって合う・合わないがあると思うので、ここでは大枠だけにしておきます。

    SNSやブログも「やる日」を決めている

    現在、私はブログやSNSにかなり力を入れています。

    ブログ、X、Instagram、食べログ、Googleマップ。

    ブログとXは内容が近いですが、それ以外はほぼ趣味です。

    いつかこのブログでも紹介するかもしれませんし、一生紹介しないかもしれません(笑)。

    現在は、おおよそこんなルールで動いています。

    • ブログ:週2回投稿。できるだけ予約投稿を活用
    • X:朝・昼・夜の1日3回。予約投稿を活用
    • Instagram:土曜日にリールを1本
    • 食べログ:週1回以上投稿
    • Googleマップ:週1回投稿

    ほかにも、行きたいお店をリストアップしたり、行った場所をマッピングしたりしています。

    こうして書いてみると、結構やっています(笑)。

    当然、全部をその場の思いつきでやっていたら時間が足りません。

    そこで予約投稿を使う。

    投稿内容をある程度テンプレート化する。

    AIを活用する。

    こうした仕組みを組み合わせることで、それぞれに必要な時間が少しずつ読めるようになってきました。

    投資についても同じです。

    「どういうときに買うのか」

    「どういう銘柄を集めるのか」

    毎回すべてを感覚だけで判断するより、自分なりのルールを決めておいた方が迷う時間を減らせます。

    大きな目標より「次の小さな目標」を作る

    そして、仕組みと同じくらい大切にしているのが目標です。

    SNSのフォロワーを増やす。

    収益を増やす。

    アフィリエイトで収益を出す。

    旅行へ行く。

    何でもいいと思います。

    最終的な目標は大きくてもいい。

    ただ私は、そこへ向かう途中に**「少し頑張れば手が届く目標」**を作ることが大切だと思っています。

    例えば、Xを始めていきなり、

    「フォロワー1万人を目指す!」

    と決めても、あまりにも遠く感じます。

    だったら、まず10人。

    次は100人。

    500人。

    そして1,000人。

    小さな目標を一つずつクリアしていく。

    何かを続けていると、必ずと言っていいほど停滞する時期があります。

    成果が出ない。

    モチベーションも落ちる。

    「もうやりたくないな」

    と思うこともあります。

    そんなとき、私を助けてくれるのが、

    「仕組み」と「小さな目標」

    です。

    やる気だけに頼らない。

    これは50代になって、かなり意識するようになりました。

    お金を使って「時間を買う」という考え方

    もう一つ、以前より積極的になったことがあります。

    時間を作るためにお金を使うことです。

    以前の記事でも書きましたが、自動化できるところはできるだけ自動化するようになりました。

    家ではAlexaなどを使い、

    電気をつける。

    消す。

    カーテンを開ける。

    閉める。

    掃除をする。

    そんな日常の小さな作業を自動化しています。

    一つ一つで短縮できる時間は、ほんのわずかです。

    でも毎日繰り返すことなら、積み重なっていきます。

    AIもそうです。

    無料でもできることはたくさんありますが、お金を払うことで、より高度なことや時間短縮につながることもあります。

    SNSの分析ツールや予約投稿も同じです。

    このブログも、以前会社でブログを書いていたときにはAmebaブログを使っていましたが、今はWordPressを使っています。

    お金はかかります。

    でも、できることは大きく広がりました。

    私は50代になって、

    「安いか高いか」だけではなく、「それによって自分の時間がどれだけ増えるか」

    も考えるようになりました。

    最終的には「時間に縛られない生活」を作りたい

    その最たるものが、会社員にとっては仕事なのかもしれません。

    会社員である以上、基本的には自分の時間を使って収入を得ています。

    だからこそ私は、投資でも副業でもブログでも、少しずつ収入の入口を増やしていきたいと思っています。

    収入のすべてを労働時間だけに依存しなくてよくなれば、その分だけ時間の自由度は高くなる。

    すぐにそんな生活ができるとは思っていません。

    でも、その方向へ少しずつ進むことはできます。

    そして、そのためにも今の時間をどう使うかが大切なのだと思います。

    「何もしない」を減らすとは、予定を詰め込むことではない

    ここまで書いてきましたが、私は毎日を忙しくしようと言いたいわけではありません。

    一日中ドラマを見る。

    アニメを見る。

    ゲームをする。

    何もしないで寝る。

    それだって、

    「今日はそうする」

    と自分で決めたのなら、私にとっては大切な時間です。

    私が減らしたいのは、

    何となく過ぎてしまって、

    夜になって、

    「今日、何してたんだろう」

    と思ってしまう時間です。

    50代になって、時間が以前より大切に感じられるようになりました。

    だから私は、

    「何もしない」を減らしたい。

    でも、それは、

    「何もしない時間をなくしたい」という意味ではありません。

    何をするか。

    何をしないか。

    いつ休むか。

    何に時間を使うか。

    それを自分で決めたいのです。

    何もしないを減らす=することを自分で決められる。

    これも、私が人生を再設計し始めて気づいたことの一つです。

    自分の時間を、自分で選ぶ。

    そして、その時間を使って、やりたいことを一つずつやっていく。

    人生は終わらない。

    50代、まだ終わらない。

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    ▼人生再設計シリーズ

    礼文島と宗谷岬で感じたこと

    100のやりたいこと

    ソロキャンプで自分を取り戻した話

    投資はお金より「安心感」だった

    50代でブログとXを始めた理由

    ダイアナ・ロスのコンサートに行った日

  • 50代で初めての海外旅行(後編)|また台湾へ行きたいと思った理由

    50代で初めての海外旅行(後編)|また台湾へ行きたいと思った理由

    初めての海外旅行に選んだ台湾。

    前編では「なぜ50代になって初めての海外旅行に台湾を選んだのか」。

    中編では、eSIMのトラブルから始まり、台湾の交通事情、シェラトングランド台北ホテル、鼎泰豊、寧夏夜市など、台湾に到着して実際に感じたことを書きました。

    そして今回が後編です。

    十分、九份、北投温泉、士林夜市、龍山寺、中正紀念堂。

    5泊6日でいろいろな場所を巡りました。

    もちろん、どこも楽しかった。

    でも日本へ帰ってきた今、一番心に残っているのは有名な観光地でも台湾グルメでもありません。

    台湾で出会った人たちでした。

    今回の旅行で、台湾という国に対する私の印象は大きく変わりました。

    十分で初めてのランタン上げ

    台湾・十分で体験した赤いランタン上げ

    2日目は、今回の台湾旅行で特に楽しみにしていた十分と九份へ向かいました。

    土日はかなり混雑するようなので、台湾に到着した翌日の平日に行くことにしました。

    MRTと台湾鉄道を乗り継ぎ、約2時間。

    十分に到着して、今回の旅の目的の一つだったランタン上げを体験しました。

    約1,000円で楽しめたランタン上げ

    ランタンは単色なら200元、複数色なら300元ほどでした。

    色によって願い事の意味が違うようで、私が選んだ赤色は、

    「健康運・長寿・いつまでも健やかに過ごせますように」

    という意味。

    ……と言いつつ、実際には欲望に任せていろいろな願いを書きました(笑)。

    赤色を選んだもう一つの理由は単純で、

    「空に上がったとき、一番きれいなんじゃないか」

    と思ったからです。

    十分にはランタン上げのお店がいくつもあり、正直どこを選べばいいのか分かりませんでした。

    でも、私が選んだお店のお兄さんが写真や動画を撮るのが本当に上手かった。

    ランタンを上げる瞬間をきれいに撮影してくれて、今回の台湾旅行でも特にお気に入りの動画になりました。

    日本円にして1,000円ほど。

    これだけ楽しめるなら、また誰かと台湾へ来たときにもやってみたいと思います。

    九份へ|夜景を見られなかったのも旅の思い出

    赤い提灯と階段が続く台湾・九份の街並み

    十分を楽しんだあとは、電車で瑞芳駅へ戻り、そこからバスで九份へ向かいました。

    瑞芳駅から九份までは徒歩とバスで30分弱。

    バスはかなり混雑していました。

    初めて歩いた九份は想像以上にハードだった

    九份は赤い提灯と細い路地で知られる、台湾屈指の人気観光地。

    実際に歩いてみると、細い道にたくさんのお店が並び、階段の先には提灯が続いています。

    確かに幻想的です。

    ただ……。

    暑い(笑)。

    しかも坂道と階段が多く、道も細い。

    台湾の高温多湿の中を歩き続け、かなり体力を消耗しました。

    本来は暗くなるまで滞在して、提灯が灯った九份を見て帰る予定でした。

    しかし初めての海外旅行。

    夜遅くまで知らない土地にいることへの不安もあり、疲れていたこともあって、夕方には引き上げることにしました。

    旅行は予定通りにはいかない。

    でも、それも含めて旅なんだと思います。

    次は夜の九份を見てみたい

    帰りは疲れ果ててしまい、九份から瑞芳駅までタクシーを利用しました。

    料金は220元。

    バスよりは高いですが、日本のタクシー料金と比較すると利用しやすい価格です。

    そして、このときすでに思っていました。

    「次に来たときは、もう少し暗くなるまで九份にいたいな」

    一度行ったばかりの場所なのに、もう「次」を考えていました。

    台湾グルメ・街歩き・温泉|5泊6日でも足りなかった

    3日目以降も台湾をかなり歩き回りました。

    台湾の朝食として有名な阜杭豆漿

    横浜の赤レンガ倉庫を少し思わせる華山1914文化創意産業園区

    昔ながらの街並みが残る迪化街では、お土産を見て回りました。

    そして4日目には北投温泉へ。

    温泉好きとして楽しみにしていた場所ですが……。

    真夏の台湾で温泉街を歩くのは暑すぎました(笑)。

    ここは冬にもう一度来てみたい場所です。

    士林夜市で台湾グルメを満喫

    その後は台湾最大級の士林夜市へ。

    行列のできる大鶏排(ダージーパイ)を食べ、人気のエリンギ屋台「燒烤杏鮑菇」、そして台湾で気に入った西瓜汁。

    台湾らしい夜市の雰囲気を満喫することができました。

    初日に寧夏夜市へ行ったときは、暑さや独特の匂いであまり食欲が湧かなかった私。

    数日過ごして、少しずつ台湾に慣れてきたのかもしれません。

    夜の龍山寺で引いた台湾のおみくじは「大吉」

    夕方に訪れた台北・龍山寺の境内

    事前に調べたとき、周辺の雰囲気について少し気になっていたのが龍山寺でした。

    それでも、ライトアップされた龍山寺をどうしても見てみたかった。

    実際に訪れてみると、台北中心部とは少し違う、独特の雰囲気があります。

    そして龍山寺では、台湾式のおみくじにも挑戦しました。

    結果は……

    大吉。

    50歳になって初めて海外へ来て、台湾のお寺で大吉を引く。

    なんだかうれしくなりました(笑)。

    おみくじ自体は無料でしたが、お賽銭は少し多めに入れてきました。

    その後は近くの**艋舺夜市(華西街夜市)**も散策。

    台北中心部とはまた違った、少しディープな台湾を見ることができました。

    個人的には、初めて訪れるのであれば、あまり夜遅くならない時間帯に回った方が安心かなと感じました。

    台湾最後の夜は中正紀念堂へ

    台湾旅行最終日に訪れた台北・中正紀念堂

    そして5日目。

    台湾で過ごす最後の夜です。

    中正紀念堂を訪れ、衛兵交代式を見学。

    その後、春水堂でタピオカミルクティーを飲み、西門で火鍋を食べました。

    十分。

    九份。

    阜杭豆漿。

    華山1914文化創意産業園区。

    迪化街。

    北投温泉。

    士林夜市。

    龍山寺。

    中正紀念堂。

    振り返ってみれば、本当にいろいろな場所へ行きました。

    正直に言います。

    初めての海外旅行、すべてが楽しすぎました。

    でも、台湾へ来て変わったのは、それだけではありません。

    台湾へ来て、私の中のイメージが変わった

    今回台湾へ来るまで、私は台湾の文化や人々について、きちんと理解していたとは言えませんでした。

    日本で生活している中で見聞きする海外の人たちの印象と、どこか重ねて考えていた部分もあったと思います。

    しかし、実際に台湾へ来てみると、その印象は大きく変わりました。

    私が台湾で何度も感じたのは、

    ルールを守る。

    周囲の人に気を遣う。

    困っている人がいたら助ける。

    ということでした。

    どこか昔の日本に似ていると感じた

    駅ではきちんと列に並ぶ。

    電車の中では大声で話さない。

    小さな子どもが公共の場所で騒いだり走り回ったりすれば、親御さんがきちんと注意する。

    優先席や列の並び方などでも、ルールから外れていれば周囲の人が声をかける場面を見ました。

    もちろん、たった6日間滞在した旅行者である私が台湾全体を語ることはできません。

    それでも、私が実際に見た台湾には、

    どこか私が子どもの頃の日本に近いような感覚

    がありました。

    言葉が通じなくても助けてくれた台湾の人たち

    そして今回の台湾旅行で、何より印象に残ったのが人の親切さです。

    駅でトイレへ行きたかったとき。

    トイレが改札の外にあり、どうすればいいのか分からない。

    言葉もほとんど通じない。

    それでも駅員さんは、私が困っていることを理解し、きちんと対応してくれました。

    薬局で買い物をしていたときには、店員さんではなく近くにいたお客さんが買い物かごを取ってくれました。

    お土産を買うとき、小銭の種類が分からず迷っていると、

    「それだよ」

    という感じで教えてくれた人もいました。

    一つ一つは、本当に小さな出来事です。

    でも初めての海外旅行で緊張していた私にとって、こうした小さな親切が本当にありがたかった。

    観光地以上に記憶に残ったもの

    鼎泰豊やホテルのような接客のプロだけではありません。

    駅でも、コンビニでも、薬局でも、街中でも。

    台湾の至るところで、人の温かさに触れました。

    だからこそ私は、

    「初めての海外旅行に台湾を選んで、本当に良かった」

    と思っています。

    そして、これが私がもう一度台湾へ行きたいと思った一番の理由なのかもしれません。

    台湾5泊6日の旅行費用は約9万円

    今回の旅行では、航空券を含め、実際に使ったお金を合計しても5泊6日で約9万円でした。

    もちろん、ホテルや航空券では、これまで貯めてきたポイントや特典も活用しています。

    最終日はホテルからMRTで松山空港へ。

    帰国便でもSFCの特典を利用して空港ラウンジへ入り、最後の台湾料理を食べながら、ゆっくり飛行機を待つことができました。

    そして日本へ。

    私にとって初めての海外旅行が終わりました。

    50代、次は一人で台湾へ行ってみたい

    真夏だったので、とにかく暑かった。

    九份では疲れてしまい、楽しみにしていた夜景を見る前に帰りました。

    北投温泉は暑すぎた(笑)。

    eSIMではいきなりつまずきました。

    バスではお釣りが出ないことも知らなかった。

    言葉が分からず困ったこともありました。

    それでも。

    いや、そんな失敗も全部含めて、

    忘れることのできない初めての海外旅行になりました。

    そして帰国した今、思っていることがあります。

    もう一度、台湾へ行きたい。

    今度は季節を変えて。

    今回行けなかった場所へ行って。

    九份の夜景も見て。

    そして次は――

    一人でも台湾を旅してみたい。

    50歳からでも、知らない世界はまだたくさんある

    50歳になって初めて海外へ出てみて、改めて思いました。

    まだまだ私には知らない場所がある。

    知らない文化がある。

    知らない人がいる。

    そして、

    知らなかった自分自身もいる。

    50代になったからといって、新しいことを経験するのに遅いわけではありません。

    むしろ50歳になった今だからこそ、若い頃とは違った見方ができることもあるのかもしれません。

    これからもいろいろな場所へ行き、

    いろいろな人と出会い、

    いろいろなことを経験して、

    まだまだ成長していきたいと思います。

    人生は終わらない。

    50代、まだ終わらない。

  • 50代で初めての海外旅行(中編)|台湾は日本人に優しい国だった

    50代で初めての海外旅行(中編)|台湾は日本人に優しい国だった

    旅は計画している時間も楽しい

    今回の台湾旅行に向けて、私は事前に大まかな旅程表を作りました。

    もちろん、すべて予定通りに回るつもりではありません。

    私の性格上、旅行は「計画している時間」も旅の楽しみの一つです。

    どこへ行こうか。
    何を食べようか。
    どうやって移動しようか。

    そんなことを考えている時間が、旅行そのものと同じくらい好きなのです。

    人を喜ばせたい気持ちと、自分も思い切り楽しみたい気持ち。

    その両方を叶えるために、私はいつもある程度予定を立てます。

    そして、予定通りにいかなくても、それはそれで旅の思い出になります。

    「どれだけ予定を達成できたかな。」

    そんなことを振り返るのも、旅行の楽しみの一つです。

    eSIMトラブルから始まった台湾初日

    前編でも書きましたが、台湾に到着して最初に直面したのがeSIMのトラブルでした。

    無事に接続でき、ホテルまでの行き方を確認していた妹とも合流できたので、空港からバスでホテルへ向かいました。

    ここで早速、台湾最初の失敗です(笑)。

    バス料金は15元。

    日本円で約75円ほどですが、お釣りは出ません。

    私は50元札を入れてしまい、そのまま35元が戻ってきませんでした。

    幸い、事前に妹が空港のセブンイレブンで飲み物を買って細かいお金を作っていたので、大きな損失にはなりませんでしたが、これも台湾最初の勉強代になりました。

    海外では、日本では当たり前だと思っていることが当たり前ではありません。

    そんな小さな失敗も、旅の経験として積み重なっていきます。

    台湾は交通費が驚くほど安かった

    今回の旅行では、移動費の安さにも驚きました。

    当時のレートは、

    1台湾ドル(元)=約5円。

    バスは15元(約75円)。

    MRT(地下鉄)は20元前後(約100円)。

    タクシーも日本よりかなり安く感じました。

    地下鉄を利用するなら、まず購入したいのが悠遊カード(EasyCard)です。

    台湾旅行で購入した悠遊カード(EasyCard)
    台北MRTの路線図

    日本でいうSuicaやPASMOのような交通系ICカードで、コンビニでも購入・チャージできます。

    私はホテル近くのセブンイレブンで購入しました。

    デザインも豊富で、私が購入したものは150元。

    そこへ500元チャージし、最終的には100元追加。

    5泊6日の旅行で交通費は約600元(約3,000円)でした。

    これだけ移動してこの金額なら、日本と比べてもかなりリーズナブルだと思います。

    MRTは路線ごとに色分けされていて、とても分かりやすく、一度覚えてしまえば迷うことなく乗り換えができました。

    海外の地下鉄というと少し身構えていましたが、台湾は初心者にも利用しやすい交通機関だと感じました。

    シェラトングランド台北で感じた安心感

    ホテルは、マリオット系列のシェラトングランド台北ホテル

    ホテルへ到着すると、スタッフの皆さんがとても自然に日本語で対応してくださいました。

    台湾には日本人観光客が多いのでしょう。

    チェックインもスムーズで、安心感がありました。

    私はマリオットボンヴォイのプラチナエリート会員なので、

    ・高層階へのアップグレード
    ・朝食無料
    ・ラウンジ利用
    ・レイトチェックアウト

    シェラトングランド台北ホテルの客室

    など、多くの特典を利用することができました。

    レイトチェックアウトも案内していただきましたが、帰国便の時間があったため今回は利用しませんでした。

    ホテル入口では工事が行われていましたが、部屋に入ると工事の音はまったく聞こえません。

    防音性能の高さにも驚かされました。

    そして何より印象に残ったのは、日本語が通じる安心感です。

    街へ出れば、中国語と英語が並び、日本とは違う雰囲気。

    それでもホテルでは日本語で対応していただける。

    初めての海外旅行だった私にとって、その安心感はとても大きなものでした。

    鼎泰豊で感じた「世界一流」のサービス

    台湾・台北の鼎泰豊の店舗外観
    台湾の鼎泰豊で食べた小籠包

    台湾最初の食事は、もちろん鼎泰豊(ディンタイフォン)

    実は出発前に、みなとみらい店で予習までしてきました(笑)。

    でも、本場はやはり違いました。

    もちろん小籠包は絶品です。

    肉汁があふれ、一口食べた瞬間、

    「台湾へ来て良かった。」

    そう思えるほどの美味しさでした。

    しかし、私が感動したのは料理だけではありません。

    スタッフの接客です。

    笑顔での挨拶。

    追加注文のタイミング。

    空いたお茶を注いでくれる気配り。

    トイレへの案内まで、とても丁寧でした。

    サービス業に携わる私だからこそ分かりますが、ここまでスタッフ全員が同じレベルで接客できるのは簡単なことではありません。

    正直、日本よりサービスレベルが高いと感じるほどでした。

    旅行中、一番印象に残った食事の一つです。

    夜市で感じた「旅行は思い通りにならないから面白い」

    台北の寧夏夜市の夜の様子
    寧夏夜市で西瓜汁を販売する屋台

    その後は永康街でマンゴーかき氷を食べました。

    暑い台湾だからこそ、冷たく甘いマンゴーかき氷は最高でした。

    そして夜は楽しみにしていた寧夏夜市へ。

    ネットでは「台湾へ行ったら絶対に夜市」と紹介されています。

    私も楽しみにしていました。

    ところが実際に行ってみると、予想以上の暑さと、場所によっては下水のような臭いが強く、思っていたほど食欲が湧きませんでした。

    結局、この日は西瓜汁(スイカジュース)だけ。

    でも、このスイカジュースが驚くほど美味しかったのです。

    甘すぎず、暑さで疲れた体にぴったりでした。

    旅行では、期待以上のこともあれば、期待と違うこともあります。

    でも、それも含めて旅の面白さなのだと思います。

    台湾は初めての海外旅行にぴったりだった

    台湾で過ごした初日は、小さな失敗の連続でした。

    eSIMがつながらない。

    バスでお釣りが出ない。

    中国語が読めない。

    それでも、不思議と不安はありませんでした。

    困れば誰かが助けてくれる。

    日本語で話しかけてくれる。

    日本製品や日本企業の広告も多く、どこか親近感がある。

    台湾は、初めて海外へ行く私にとって、「海外は怖い」という思い込みを変えてくれた国でした。

    この旅は、まだ始まったばかりです。

    次回はいよいよ、十分や九份を訪れ、台湾の絶景と人の温かさに触れた旅について書きたいと思います。

    人生は終わらない。

    50代。

    まだ終わらない。

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    ▼人生再設計シリーズ

    100のやりたいこと

    50代で初めての海外旅行(前編)

    50代で初めての海外旅行(中編)

    50代で初めての海外旅行(後編)