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  • 50代でブログ50記事を書いて分かったこと|書いていたのは自分の人生だった

    50代でブログ50記事を書いて分かったこと|書いていたのは自分の人生だった


    まさか自分が50記事も書けるとは思わなかった

    AIで作成した祝ブログ50記事達成のイラスト

    まず最初に、単純に50本も記事を書けたことに自分自身が驚いています。

    このブログは、まだ検索サイトでもサイト名を直接入力しないとなかなか出てこないくらいで、決して多くの人に読まれているブログではありません。

    それでも、Xからブログを読みに来てくださる方が少しずつ増えてきました。

    読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。

    ブログを始めた頃は、

    「そんなに書くことなんてあるかな」

    と思っていました。

    特別に濃い人生を送ってきたつもりもない。

    すぐにネタがなくなってしまうんじゃないか。

    そんなことも考えていました。

    でも、書き始めてみると違いました。

    コロナ以降、自分が何を考えてきたのか。

    何を変えようとしてきたのか。

    これからどう生きたいのか。

    それを記録する場所として、ブログは思っていた以上に面白かったのです。

    そして、もう一つ。

    私がブログを書こうと思った理由があります。

    いつか子どもが読んでくれたら面白い

    私は離婚しているので、子どもとは離れて暮らしています。

    だから、いつか子どもがこのブログを見つけて、

    「親父、こんなこと考えてたんだな」

    と思ってくれたら、それも面白いなと思いました。

    決して格好いい父親の話ばかりではありません。

    失敗もしています。

    迷っています。

    お金のことも考えるし、仕事の愚痴だってあります(笑)。

    でも、

    父親が50代になって何を考え、どう生きようとしていたのか。

    そこから何か一つでも感じてもらえたらうれしい。

    そんな思いもあって書き始めました。

    半年間書いてみたら、自分の2年間が見えてきた

    一番最初の記事を投稿したのが2月24日。

    そこから約半年で50記事になりました。

    そして、このブログを書いていて気づいたことがあります。

    私にとって、この2年くらいはかなり大きな転換期だったということです。

    川崎区に持っていたマンションを売却して、みなとみらいへ引っ越しました。

    住む場所を変えたのも、

    「これからの人生を変えてみよう」

    と意識した行動の一つでした。

    それ以前、会社員として特別大きな不安があったわけではありません。

    離婚後も、それなりに自由でした。

    一人の生活も満喫していました。

    でも、ずっと心のどこかに、

    「このままでいいのだろうか」

    という気持ちはありました。

    それが大きく変わったきっかけが、コロナでした。

    「本当にやりたいことをやっているのか」

    コロナで死にかけたことで、私は自分の人生について真剣に考えるようになりました。

    本当にやりたいことをやっているのか。

    ただ毎日を流されるままに生きていないか。

    仕事をして、家に帰って、寝る。

    そして、また仕事へ行く。

    それを繰り返しているうちに人生が終わってしまっていいのか。

    そんなことを考えるようになりました。

    もちろん、会社員として働いてきた25年以上を否定するつもりはありません。

    むしろ今の自分を作ってくれた大切な時間です。

    ただ、

    「会社員であること」と「自分の人生を生きること」は別なんじゃないか。

    そう思うようになりました。

    私たち就職氷河期世代が50代になった

    私は、いわゆる就職氷河期世代です。

    高校を卒業する頃にはバブルが崩壊。

    大学を出て社会に出ても不景気。

    会社では下の人間を最低限しか採用しないから、仕事はどんどん増えていく。

    それでも、給料はそれほど上がらない。

    上にはバブル世代の豪快さや、今では考えられないようなパワハラ体質も残っていました。

    そして、自分が役職につく頃になると今度は時代が変わりました。

    会社に対する価値観も変わり、ハラスメントにも細心の注意を払わなければならない。

    そう考えると、

    「私たちの世代って、なかなか大変だったよな」

    と思うことがあります。

    一言でいえば、不遇の世代だったのかもしれません。

    でも、だからといって、

    ずっと誰かのせいにして人生を終えるわけにもいきません。

    人生の主役は、結局自分です。

    何かを変えたければ、自分が動くしかない

    この2年間、私はいろいろなことを始めました。

    ブログ。

    X。

    Instagram。

    投資。

    旅行。

    キャンプ。

    そして開業届も出しました。

    会社員でありながら、個人事業主にもなりました。

    まだ赤字です(笑)。

    でも、それでいいと思っています。

    少しずつ形にして、もし軌道に乗れば法人化することだって考えています。

    もともと離婚してから、行動力はある方だったと思います。

    ChatGPTにいろいろ相談していても、

    「提案したことを、ここまですぐ実行する人は珍しい」

    と言われたことがあります(笑)。

    もちろん、不安がないわけではありません。

    むしろ不安だらけです。

    でも、そんな私を勝手に励ましてくれた人たちがいました。

    50代で動き始めた人たちは、私にとって「勇者」だった

    Xやブログを始めて、同世代の人たちの発信をたくさん見るようになりました。

    親の介護。

    会社への不安。

    仕事への不満。

    老後のお金。

    健康。

    そして、新しく事業を始めた人。

    みんな、それぞれ何かを抱えています。

    不安のない人なんて、ほとんどいないのだと思います。

    それでも、

    50代から何かを変えようとしている。

    私にとって、そんな人たちは「勇者」です。

    会ったことがなくてもいい。

    ネット上のつながりだけでもいい。

    同じ世代の人が頑張っている投稿を見るだけで、

    「自分も頑張らなきゃな」

    と思えます。

    これは、ブログやSNSを始めるまで知らなかった世界でした。

    50記事書いて、自分が何を残したかったのか分かった

    このブログには、コロナで死にかけたことから始まり、そこから自分が何を考えて、どう動いてきたのかを書いています。

    「100のやりたいこと」を作ったこと。

    住む場所を変えたこと。

    投資を始めたこと。

    旅行へ行ったこと。

    50代になって考える仕事のこと。

    お金のこと。

    人生のこと。

    そして50記事まで書いてきて、ようやく少し分かった気がします。

    私は文章を書きたかったのではなく、自分がどう生きたのかを残したかったのかもしれません。

    年齢を重ねた経営者が、本を書きたくなる気持ちが少し分かりました(笑)。

    結局、人はどこかで、

    「自分が生きた証を残したい」

    と思うのかもしれません。

    50記事が100記事、200記事になったら

    今はまだ50記事です。

    でも、100記事になったらどうなるだろう。

    200記事になったらどうなるだろう。

    50記事なら半年間の記録。

    100記事になれば、もっと長い時間の自分が残ります。

    200記事になったときには、

    50代の私が何を考え、

    何に悩み、

    何を始め、

    何に失敗し、

    何を実現できたのか。

    かなりの部分が残っているはずです。

    そうなったら、これはもう単なるブログではありません。

    私自身の人生の記録です。

    そして、いつか子どもが読んでくれたとしたら、

    「親父、結構いろいろやってたんだな」

    くらいに思ってくれれば、それで十分です。

    50本書いた。でも、まだ途中です

    50記事まで来たからといって、何か大きなことを成し遂げたわけではありません。

    ブログのアクセスも、まだまだです。

    個人事業もこれから。

    投資もこれから。

    やりたいことだって、たくさん残っています。

    でも、50記事を書いたことで一つだけ確信したことがあります。

    人生は、自分で動けば少しずつ変わる。

    一気に変える必要なんてありません。

    ブログだって、最初から50記事を書こうと思っていたわけではありません。

    一記事書く。

    また一記事書く。

    それを繰り返していたら、50記事になりました。

    人生も同じなのかもしれません。

    一つやってみる。

    うまくいかなければ考える。

    また次をやってみる。

    その積み重ねが、いつか自分の人生になる。

    だから、これからも気負わずコツコツ書いていこうと思います。

    そして、このブログ以外にも、

    「自分が生きた証をどう残していくのか」

    これから少しずつ考えていきたいと思っています。

    50記事はゴールではありません。

    まだ途中です。

    人生は終わらない。

    50代。

    まだ終わらない。

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    私が横浜を好きな理由。気付けば柴田恭兵さんに憧れていた

    50代で「みなとみらいに住む」という選択|年収770万円でも実現した方法

    100のやりたいこと

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    投資はお金より「安心感」だった

  • 50代でブログとXを始めた理由|「みんな同じなんだ」と思った

    50代でブログとXを始めた理由|「みんな同じなんだ」と思った

    みなとみらいの夕景とプロフィール画像|50代でブログとXを始めた人生再設計ブログ

    私は会社で10年くらい、
    企業SNSを細々と運用していた。

    イベント情報。

    商品情報。

    そういうものを発信していた。

    でも今、
    自分で始めたSNSはまったく違う。

    ブログを始めたのは、
    2026年2月24日。

    それに付随して、
    Xを始めたのが4月6日だった。

    まだ、
    何の形にもなっていない。

    ブログは、
    Google検索にもほとんど引っかからない。

    Xも、
    フォロワーが少し増えたくらいだ。

    それでも、
    続けている。

    50代という年齢は、
    子育てもある程度終わり、
    会社でも役割が少しずつ終わりに向かっていく。

    でも、
    人生はまだ長い。

    私はそう考えている。

    👉 関連記事
    投資はお金より「安心感」だった|50代の人生再設計

    Xには「50代」がたくさんいた

    私はXを始めて驚いた。

    「50代」という言葉で検索すると、
    本当に多くの人が発信していた。

    でも同時に、
    少し安心した。

    「ああ、みんな同じなんだ」そう思った。

    私が求めていたのは「繋がり」だった

    この年齢になって思う。

    SNSは、
    誰かと繋がるためのツールなのだと。

    しかも、
    考え方の近い人と繋がることができる。

    それは、
    かなり大きなことだった。

    私は、
    SNSは誰かを批判する場所ではないと思っている。

    自慢する場所でもない。

    これも一つのコミュニティだ。

    そう考えると、
    自然と自分なりのルールもできてくる。

    匿名でも、
    匿名じゃなくてもいい。

    自分なりの芯を持って発信する。

    すると、
    少しずつ共感してくれる人が現れる。
    その共感が、
    また次の共感へ繋がっていく。

    強さと、自分のルール

    もちろん、
    バズることも大事だと思う。

    影響力は強さだ。

    強さがなければ、
    誰にも届かない。

    でも私は、
    強さを求めるあまり、
    自分のルールを壊してはいけないと思っている。

    私はこのツールを使って、
    自分の考え方を発信していきたい。

    そして、
    共感してくれる人。

    繋がれる人。

    そういう人たちと、
    少しずつ繋がっていければと思っている。


    発信は積み重ねだった

    思えば、
    食べログやGoogleマップも、
    長い間続けてきた。

    最初は、
    ただ出張先や旅行先の記録だった。

    でも続けているうちに、
    少しずつ見てくれる人が増えていった。

    発信は、
    急に結果が出るものではない。

    でも、
    積み重ねることで、
    少しずつ形になっていくのだと思う。

    だから私は、
    ブログもXも、
    焦らず積み重ねていこうと思っている。

    Googleマッププロフィール

    Xプロフィール

    私たち50代という世代

    私は半世紀生きてきた。

    だらだら生きているようでも、
    それなりに経験を積んできた。

    それが、
    私たち50代だと思う。

    何とか世代という言葉は、
    正直あまり好きではない。

    でも、
    恵まれていた実感があるかと言われれば、
    そんな単純な話でもない。

    高校時代にバブルが崩壊した。

    就職も、
    進学も、
    思うようにいかなかった。

    上司たちはバブル世代。

    パワハラ。

    セクハラ。

    今では考えられないような環境も普通にあった。

    有休を取れば白い目で見られる。

    でも今度は、
    自分たちが上司の立場になる。

    すると今度は、
    過剰なくらいコンプライアンスを求められる。

    部下には強く言えない。

    理不尽。まさにそれを体現してきた世代だと思う。

    それでも、強さは残った

    でも私は思う。

    そんな時代を経験してきたからこそ、
    私たちには強さがあるのではないかと。

    そして、
    理不尽に立ち向かうために必要なのは、

    「共感力」と「思いやり」

    なのではないかと思っている。

    正直、
    私はかなり疑り深い。

    簡単に人を信じない。

    勧められても、
    すぐには飛びつかない。

    でも、
    「とりあえずやってみる力」だけは強いと思う。

    だから、
    このブログもXも、

    「私はこう考えて、こう取り組んでいる」

    それを発信する場所にしていきたい。

    その考え方が、
    どこかで誰かの心に少しでも届けばいい。

    そして、
    少しでも役に立てば嬉しい。

    👉 関連記事
    50代でソロキャンプを始めた理由|自分を取り戻した話

    まだ途中

    ブログも。

    Xも。

    Instagramも。

    全部まだ途中だ。

    でも、
    人生もまだ途中なのだと思う。

    人生はまだ終わっていない。

    50代。

    まだ終わらない。

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    ▼人生再設計シリーズ

    コロナで人生が止まった日
    退院後に感じた「あのお粥の味」
    50代でマンション売却を決断した理由
    50代でソロキャンプを始めた理由
    投資はお金より「安心感」だった
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    ・ダイアナ・ロスのコンサートに行った日(次回予定)