コロナ重症で肺が真っ白になった日|50代で人生を見直したきっかけ【実体験・前編】

2021年デルタ株の夏。コロナ重症で肺が真っ白になった日。50代で初めて「死」を具体的に考えた、あの夏の記録。

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「肺が真っ白です。」その一言で、人生は止まった。

ー2021年、デルタ株の夏ー

はじまりは、ただの発熱だった

2021年の夏。

デルタ株が猛威を振るっていた頃。

「まさか自分が。」そう思っていた。

数日後、医師から告げられた。

「肺が真っ白です。」

頭の中が、一瞬止まった。

戦場だった病室

2021年デルタ株の夏。コロナ重症で肺が真っ白になった日。50代で初めて「死」を具体的に考えた、あの夏の記録。

2021年夏。重症病棟の一室。

大学病院。

そこは、静かな入院生活の場所ではなかった。

戦場だった。

防護服が擦れる音。

絶え間ない足音。

なり続くモニター。

看護師と医師がごった返し、

空気は常に張り詰めていた。

腕には何本もの管。

肩から入れられたカテーテル。

体はもう、自分のものではないようだった。

それでも言われた。

「うつ伏せになってください。このままだと、息が止まるかもしれません。」

私は、うつ伏せに寝かされた。

酸素マスク越しに聞こえるのは自分の荒い呼吸音。

でも、本当に怖かったのはその数字ではなかった。

静まり返った夜

音が消えた。

夜だった。

さっきまであわただしかった隣のベッド。

その気配が、夜ふと静かになった気がした。

詳しいことはわからない。

でも、ここはそういう場所だった。

夜の病院は静かすぎた。

その静けさが、何よりも不安だった。

「戻れなかったら?」と初めて思った

「このまま戻れなかったら?」

子どもはどうなる。

仕事はどうなる。

これまで積み上げてきたものは?

呼吸よりも怖かったのは、未来が途切れる事だった。

あの日、私は初めて”死”を具体的に考えた。

そして同時に、思った。

まだ、終わりたくない。

👉 あの後、どうなったのかはこちら
▶ あのお粥の味(後編)

人生はまだ終わっていない。

50代。

まだ、終わらない。

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▶次に読む

【後編】あのお粥の味はこちら

生き残った。
だから、できるうちにやる。

ICUを出て、私立病院へ戻った。

そこで初めて口にしたのは、
一杯のお粥だった。

次に読む

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▼人生再設計シリーズ

【序章】コロナで人生が止まった日
【第3話】マンション売却の決断
【第4話】みなとみらいに住むという選択
5話】外車に乗る夢と手放す勇気
【最終話】タグホイヤーを子供に渡す、その理由