わかっている=できる、ではない|川崎で7万7,000円使って気づいた自分のお金の癖

川崎の夜の飲み屋街を歩きながら「わかっている=できる、ではない」と自分のお金の癖を振り返る50代男性のイラスト

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川崎の夜の飲み屋街を歩きながら「わかっている=できる、ではない」と自分のお金の癖を振り返る50代男性のイラスト

以前の投稿でも書いたのですが、私はどうも**「失敗しながら学ぶ」**ことが多い人間です。

ただ最近、もう一つ気づいたことがあります。

「わかっている」と「できる」は、かなり違う。

これは投資でもよく感じます。

理屈では、

「ここで損切りした方がいい」
「追いかけてはいけない」

とわかっている。

でも、実際に自分のお金が動いている場面で、その通りにできるかというと、まったく別次元だったりします。

そして私は、お酒でも同じことをやっています。

以前、キャバクラで150万円使った失敗をブログに書きました。

さすがにあれ以降、同じようなことはしていません。

みなとみらいに引っ越したことで、飲みに行く回数自体もかなり減りました。

それでも月に1回くらいでしょうか。

飲みに行った翌日に、

「昨日、あそこまで使う必要あった?」

と自問自答している気がします(笑)。

終電を逃すと、なぜか朝までコースになる

自分の行動を振り返ってみると、かなり分かりやすい。

終電で帰らない=朝まで飲む。

これが定期的に起きています。

例えば先日は、こんな感じでした。

バー 4,000円

スナック 12,000円

朝方のカラオケスナック 7,000円

カラオケスナック 13,000円

朝キャバ 25,000円

居酒屋スナック 4,000円

昼キャバ 12,000円

合計7万7,000円。

まあ、7軒も行けばそうなる(笑)。

しかも、なぜか川崎で飲むとこのパターンになりやすい。

長く住んでいたので土地勘がある。

深夜になっても、

「あそこならまだ開いている」
「次はあの店に行こう」

と選択肢を知っていることも原因なのかもしれません。

知らない街なら帰るのに、知っている街だから次へ行けてしまう。

便利なのか、不便なのか分かりません(笑)。

金銭感覚がバグる、とは少し違う

ただ、今回ちょっと面白いと思ったことがあります。

私は酔っ払っていても、それぞれの店でいくら使ったかは結構覚えています。

つまり、

「酔っ払って金額が分からなくなっている」わけではない。

分かっているのに使っている。

だから「金銭感覚がバグる」というより、

わかっていてタガが外れる。

こちらの方が近い気がします。

「久しぶりだからいいか」

「月1回くらいだから」

「1万円くらいなら」

「もう終電もないし」

そうやって少しずつ、自分の中の基準を緩めていく。

でも、最後に全部足してみれば7万7,000円です。

最初から、

「今日の飲み代は7万7,000円です」

と言われたら、たぶん私は使いません。

7万7,000円の料理を食べるのだって躊躇します。

彼女と2人なら、かなりいい食事ができます。

下手をすれば旅行にだって行けます。

それなのに、

4,000円。

12,000円。

7,000円。

と少しずつ出ていくと使えてしまう。

これも、自分のお金の使い方の癖なんでしょう。

そして、たぶん「期待値の低いギャンブル」をしている

では、なぜそこまでして朝まで飲むのか。

改めて、

「なぜ自分はそこまでして朝まで飲むんだろう?」

と考えてみました。

すると、自分なりの答えは結構見えてきました。

まず、

使った金額と満足度が見合っていない。

さらに翌日の倦怠感まで考えると、

「お金を無駄にしたな」

という感覚が残ります。

それでも繰り返すのはなぜなのか。

たぶん私は、飲みながら**「期待値の低いギャンブル」**をしているんだと思います。

途中でキャバクラを挟むあたりに、私の性癖も見え隠れします(笑)。

要は、モテたいんでしょう。

女性から認められたい。

そして、

「もしかしたらワンチャンあるんじゃないか?」

という期待。

でも大抵、何も起こりません(笑)。

満足できない。

すると、

「次の店なら……」

とまた移動する。

そして、また期待する。

何も起きない。

また次へ行く。

これを繰り返しているうちに、7万7,000円になる。

冷静に考えれば、かなり期待値の低いゲームです。

お金の勉強より、自分の勉強なのかもしれない

ここまで考えると、これは単なる節約の話ではない気がしています。

NISAや株式投資を勉強する。

家計を把握する。

将来必要なお金を計算する。

もちろん、それも大切です。

でも、それ以前に、

自分はどんな時にお金を使ってしまう人間なのか。

これを理解することも、お金の勉強なんじゃないかと思います。

投資でも、

「下がったから買いたい」

「損を取り返したい」

「もう少し上がるかもしれない」

と感情が動きます。

飲みに行った時も、

「次なら楽しいかもしれない」

「もう1軒くらいなら」

と感情が動く。

考えてみれば、結構似ています。

知識だけでは、自分の感情まではコントロールできない。

だからこそ、自分がどういう時に判断を間違えるのかを知っておく必要があるんでしょう。

そして私は、自分に結構甘い(笑)。

「月1回なら」

「今日くらい」

「あと1軒だけ」

そうやって、自分で作ったルールを自分で緩めてしまう。

「やらない」ではなく「負けを小さくする」

だったら、

「絶対にやらない」

と精神論で戦うより、

やってしまう自分を前提に、物理的に負けを小さくする。

その方が、私には向いているのかもしれません。

終電で帰る。

深夜から高い店には行かない。

満足できなかったからといって、

「次なら」

と追いかけない。

そして何より、

7万円を使った後に「旅行に行けたな」と考えるのではなく、使う前に考える。

たぶん大事なのは、これなんでしょう。

お金を管理する前に、お金を使う自分を理解する

50代になって、以前よりはお金について考えるようになりました。

投資もする。

将来の資産も考える。

配当も増やしたい。

旅行にも行きたい。

やりたいことも、どんどん増えています。

だからこそ、単純に「節約しよう」ではなく、

自分にとって満足度の高いところに、お金を使えるようになりたい。

そう思います。

飲みに行くこと自体をやめたいわけではありません。

楽しいお酒なら、それも人生を豊かにするお金の使い方だと思います。

ただ、

満足していないのに「次なら」と追いかけ続ける7万7,000円は違う。

今回、自分が見直したいのはそこです。

お金を管理する前に、お金を使う自分を理解する。

人生の再設計というのは、資産運用や将来設計だけではない。

こういう自分のどうしようもない癖を一つずつ知って、少しずつ修正していくことも、再設計なのかもしれません。

50歳になっても、まだまだ自分の勉強は続きそうです。

人生は終わらない。

50代、まだ終わらない。

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