50代になって、国や社会について考えるようになった
昔から親に、
「政治・宗教・野球、それとお金の話はするな」
と言われて育ちました(笑)。
私は居酒屋の息子として子供の頃を過ごしたので、この教えは身をもって理解しています。
お酒が入ると、政治と野球の話は本当に揉める。
下手をすると、喧嘩まで始まる(笑)。
それだけ、人によって応援するものも、考え方も違うということなのでしょう。
そんな私も50代になり、このブログではベイスターズの話を書き、お金や投資の話まで書くようになりました。
親から言われたことを、ほぼ全部破っています(笑)。
なので今回は、もう一歩踏み込んで、50代になった今、国や社会について自分が思っていることを書いてみようと思います。
ただ、特定の政党や政治家を支持したり、批判したりしたいわけではありません。
最近私が考えるようになったのは、
「自分は、どんな社会で生きたいのか」
そして、
「その社会の中で、自分自身はどう生きたいのか」
ということです。
私が大切にしている「3つの信条」
私の好きな作家の一人に、池井戸潤さんがいます。
その作品『ロスジェネの逆襲』やドラマ『半沢直樹』の中に、私がとても好きな考え方があります。
半沢直樹が語る3つの信条です。
「正しいことを正しいと言えること」
「世の中の常識と組織の常識を一致させること」
「ひたむきで誠実に働いた者がきちんと評価されること」
私はこの考え方に、とても共感しました。
というより、心に残った理由は、自分が長く会社員として働く中で大切にしてきたことと、かなり近かったからなのだと思います。
もちろん、正しいことだけで世の中が回らないことも分かっています。
会社にいれば、
「会社の命令だから仕方がない」
「理想論だけでは仕事はできない」
そんな場面はいくらでもあります。
私自身、25年以上会社員をやってきたので、それなりには分かっているつもりです。
でも、だからといって、
「自分が正しいと思っていることまで言えなくなる」
のは、少し違うと思っています。
それは本当に会社のためなのか。
お客様のためなのか。
社会のためなのか。
それとも、自分の立場や利益を守るためなのか。
若い頃よりも50代になった今の方が、私はそんなことを考えるようになりました。
「いくらかかるか」より、「それだけの価値があるか」
私は仕事でも投資でも、物事をできるだけ「価値」で考えるようにしています。
商売をしている以上、利益は大切です。
儲からない商売をずっと続けることはできません。
これは会社員として営業や商品企画に関わってきた中でも、何度も感じてきたことです。
一方で、世の中には利益だけでは測れないものもあります。
公共サービスなどは、その代表でしょう。
だから私は、
「高いか、安いか」
だけではなく、
「支払ったものに対して、どんな価値が生まれているのか」
を見るようにしています。
これは、国や社会について考える時も同じです。
例えば政治家の報酬についても、「高い」「安い」という話だけでは、私にはよく分かりません。
私が知りたいのは、その金額だけではなく、
その仕事によって何が行われ、社会にどんな変化や価値が生まれたのか。
もちろん、その価値をどう評価するかは人によって違います。
だからこそ、金額だけを切り取って誰かを攻撃するよりも、
「何をして、結果として何が変わったのか」
を見る方が、私は大切だと思っています。
誰かを叩いても、自分の人生が良くなるとは限らない
SNSを見ていると、政治家でも企業でも有名人でも、誰かを批判する投稿を目にすることがあります。
もちろん、批判そのものが悪いとは思いません。
おかしいと思うことに声を上げることも必要だと思います。
でも、ときどき考えます。
誰かを攻撃することと、自分の生活を良くすることは同じではない。
誰かを批判することに時間を使い続けたからといって、自分の人生が前に進むとは限りません。
だったら私は、
自分なりの信念を持って、自分のできることをする。
頑張っている人がいれば、できる範囲で助ける。
困っている人がいれば、できる範囲で手を差し伸べる。
大きなことはできなくても、そんな小さな積み重ねの方を大切にしたいと思っています。
国や社会というと、とても大きな話に聞こえます。
でも結局、それを作っているのも一人ひとりの人間なのだと思います。
50代になったからこそ、変わり続けたい
会社では、ときどき「老害」という言葉を耳にします。
50代になった私にとって、もう完全に他人事ではありません(笑)。
ただ私は、年齢そのものが問題なのではないと思っています。
過去の経験から学ぶ。
自分より年上の人の話を聞く。
若い人の考えにも耳を傾ける。
新しいことを知ろうとする。
そして、自分が間違っていると思ったら変える。
大切なのは、こちらなのではないでしょうか。
以前書いた「個人主義と利己主義」の話にもつながりますが、
自分らしく生きることと、自分のことだけを考えて生きることは違う。
これは、50代になって強く感じるようになったことの一つです。
【関連記事:50代になって思う。個人主義と利己主義は違う|残すべき日本の良さと変えるべき価値観】
歴史を学ぶことも大切だと思います。
年配の方の話を聞くことも、私にとってはそれに近い感覚があります。
もちろん、
「その話、この前も聞いたなぁ」
と思うこともありますが(笑)。
それでも、自分が経験していない時代を生きてきた人だからこそ知っていることがあります。
そして逆に、若い世代から学べることもたくさんあります。
昔が全部正しいわけでもない。
新しいものが全部正しいわけでもない。
その両方から学びながら、自分自身も変わっていければいいと思っています。
50代の私が、これからも大切にしたいこと
国や社会について書き始めたはずなのに、結局最後は自分自身の話になってしまいました(笑)。
でも、今の私にはそれでいいのだと思います。
「国をどうするべきか」という大きな話をする前に、
自分自身はどう生きるのか。
まずはこちらを考えたい。
私はこれからも、
人を慮る心。
相手の立場を想像すること。
助け合うこと。
感謝すること。
そして、和や調和を大切にすること。
そういったものは残していきたいと思っています。
一方で、
「昔からこうだから」
という理由だけで、すべてを守る必要もないと思っています。
変えるべきものは変える。
残したいものは残す。
新しいものから学べるなら受け入れる。
50代になった今、私が国や社会について思うことは、案外そんな単純なことなのかもしれません。
誰かに自分の考えを押しつけるのではなく、
自分で考え、自分で選び、自分なりに行動する。
誰かを批判するだけではなく、まず自分自身がどう生きるのかを考える。
そんな大人であり続けたいと思います。
人生は終わらない。
50代、まだ終わらない。

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