カテゴリー: 人生・生き方

  • やりたいことが分からない人へ|100のやりたいことリストが人生を変えた話

    やりたいことが分からない人へ|100のやりたいことリストが人生を変えた話

    100のやりたいこととの再会

    以前書いた「100のやりたいこと」。

    正直、きっかけは覚えていない。
    ただ、今振り返ると——

    それはただのメモではなく、
    “理想の人生の設計図”だった。

    最初に書いた日付を見ると、
    少なくとも“誰かの影響”より前だった。

    きっとこれは、
    誰もが一度は考えることなのだと思う。

    当時、付き合っていた彼女がいた。
    その未来は、当たり前に続くと思っていた。

    でも今となっては、
    その存在は完全に過去のものになった。

    コロナで気づいたこと

    2021年。
    コロナのデルタ株に感染した。

    本当に、
    死んでもおかしくない状況だった。

    そのとき、ふと思い出した。
    この「100のやりたいこと」の存在を。

    人生は、思っているより短い。
    そして、いつ終わるかも分からない。

    本当に自分は、
    後悔なく生きてきたと言えるのか。

    答えは、はっきりしていた。
    否だった。

    まだ何もやれていなかった

    50歳手前になって、ようやく気づいた。

    自分は、
    やりたいことをほとんどやっていない。「いつかやる」

    「そのうちやる」

    そう思っているうちに、
    時間だけが過ぎていた。

    そして、もう一度このリストを開いた。

    このブログの意味

    一番最初に書いてあったのは、
    今の自分にも繋がる言葉だった。

    「パパが死ぬときに、
    パパの子供でよかったと子供たちに言わせる」

    これは、まだ達成していない。

    でも今は、こう思っている。

    このブログは、
    自分がどう生きるかを整理するために書いている。

    自分の人生を、
    ちゃんと自分で選んでいくための記録だ。

    そしてその過程が、
    結果として誰かに伝われば、それでいい。

    理想は、すでに書かれていた

    そこには、
    自分の理想がすべて詰まっていた。

    ・みなとみらいに住む
    ・行ったことのない場所に行く
    ・欲しいものを手に入れる
    ・投資で自由を手に入れる

    全部、同じ線の上にある。

    だから思った。

    できる限り、これをやり切ろうと。

    そして同時に、
    新しく思いついたことも
    全部書き足していこうと決めた。

    ドリームボードという形にした

    このリストは、
    ただのメモでは終わらせなかった。

    これは当時の自分が作ったドリームボードだ。
    一見「やりたいこと」のようで、
    実際は“理想の人生の設計図”だった。

    アクリル板に、
    イメージした写真や言葉を挟み込んで、
    部屋に置いている。

    実際に使っているアクリルフォトフレームがこちら。

    ドリームボードに使えるA3アクリルフォトフレームを見る

    毎日目に入る場所に置くことで、
    自然と意識するようになる。

    見るたびに思う。

    まだ、やれることがあると。

    行動はもう始まっている

    コロナ以降の私は、
    このリストを軸に動いている。

    もともと仕事柄、
    日本国内はほとんど行ったことがあった。

    残っていたのは、和歌山県と高知県。

    2025年、
    家族を連れて和歌山に行った。

    宿泊したのは、南紀白浜のマリオットホテル。

    今回はポイントを使って宿泊したので、
    実際の宿泊費はかかっていない。

    でもこれは、特別なことではなくて、

    日々のクレジットカード利用や積み重ねで、
    誰でも再現できる仕組みだ。

    マリオットのポイントを貯める方法の一つとして、 紹介プログラムもあります👇

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    「旅行のハードルは、“お金”じゃなく“仕組み”で下げられる」

    一方で、
    「今すぐ行きたい」という人なら、

    無理にポイントを貯める必要はない。

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    その流れで、
    世界遺産の熊野古道にも行くことができた。

    一つではなく、二つ達成した。

    残るは、高知県だけになった。

    海外は、昔仕事で
    香港とマカオに行ったことがあるだけだった。

    今年の夏、台湾を予約した。

    「九份に行きたい」

    そう書いてあったからだ。

    まだ元気なうちに、
    できる限り叶えていこうと思う。

    これからの話

    最近始めた
    ブログ、X、Instagram。これらの目標も、
    このリストに書き足した。

    だから私は、この過程を残す。

    やりたいことは、
    “いつか”ではなく、
    “今やるもの”だと決めた。

    もし今すぐ動きたいなら👇

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    人生はまだ終わっていない。
    50代。
    まだ終わらない。

    だったら、やりたいことは全部やる。


  • 100のやりたいことリストを書いた理由|50代で人生を再設計した話

    100のやりたいことリストを書いた理由|50代で人生を再設計した話


    ドリームボード 実例 人生目標 ビジョンボード アクリルボード 旅行 車 時計

    以前書いた「100のやりたいこと」。

    これは当時の自分が作ったドリームボードだ。


    写真や目標を見える形にしておくと、日々の意識がかなり変わります。

    ドリームボードに使えるA3アクリルフォトフレームを見る

    一見「やりたいこと」を並べているように見えるが、
    今振り返ると、これは“理想の人生の設計図”だった。

    きっかけは正直、はっきり覚えていない。
    何かに影響されたのかもしれないし、
    ただ自然に出てきたものだったのかもしれない。

    最初に書いた日付を見ると、
    少なくとも“誰かの影響”より前だった。

    きっとこれは、
    誰もが一度は考えることなのだと思う。

    当時、付き合っていた彼女がいた。
    その未来は、当たり前に続くと思っていた。

    でも今となっては、
    その存在は完全に過去のものになった。

    誰かを喜ばせるための100リスト

    今振り返ると、あの頃の私は、

    「誰かを喜ばせること」=「自分のやりたいこと」

    になっていたのだと思う。

    だからリストの内容も、
    自然と「彼女と〜する」という形が多くなっていた。

    実際に達成していたこと

    いくつかは、すでに実現していた。

    ・夜景の見えるホテルに泊まる
    ・一緒に暮らす
    ・誕生日にケーキを作る
    ・個室温泉付きの宿に泊まる

    例えば、横浜で泊まったホテル。
    観覧車が見える部屋を予約して、特別な時間を過ごした。

    「横浜の夜景が見えるホテルは、記念日や特別な時間にかなりおすすめです。👇」

    横浜の夜景が見えるホテルを探す(じゃらん)

    みなとみらいのバスルームから夜景が見える部屋

    温泉宿では、日常から離れた時間を味わった。

    こういう体験は、今振り返っても間違いなく価値があった。

    (当時は、ただ“楽しむため”に予約していただけだった)

    それでも満たされなかった理由

    一つひとつは、確かに達成していた。

    でも、どこか満たされていなかった。

    満たされていたはずなのに、満たされていなかった。

    その理由を、当時の私は説明できなかった。

    ただ、はっきりしていたのは、

    誰かを喜ばせることはできても、
    自分の人生を生きている感覚とは違ったということ。

    違和感の正体

    そして、もう一つ気づいたことがある。

    それは、

    「誰かと〜する」という前提で
    すべてを考えていたことだ。

    当時のリストは、
    ほとんどが「誰かと一緒にやること」だった。

    でも、それでは相手がいなければ成立しない。

    自分の人生なのに、
    自分だけでは完結しない形になっていた。

    この違和感だけが、ずっと残っていた。

    自分が何をするかで考える

    だから私は決めた。

    これからは、

    「誰かと」ではなく、
    「自分が何をするか」で考えようと。

    一人でもできること。
    一人でもやりたいこと。

    それを基準に、
    もう一度、人生を組み立て直そうと思った。

    この経験が次につながる

    この時間が無駄だったとは思っていない。

    むしろ、

    この経験があったからこそ、

    「人に尽くすこと」と
    「自分の人生を生きること」は違う

    と気づくことができた。

    そしてこの気づきが、
    次の行動につながっていく。

    人生はまだ終わっていない。
    50代。
    まだ終わらない。

  • 人は必要なときに必要な人と出会う|50代で気づいたこと

    人は必要なときに必要な人と出会う|50代で気づいたこと

    東京の街並みと青空を背景に「人は必要なときに必要な人と出会う」という人生観を表現したブログアイキャッチ画像

    これは、私の中での根幹的な考え方だ。

    人は、必要なときに、
    必要な人と出会う。

    そして、もし誰かと疎遠になったのなら。

    それは、
    お互いにとって、そのステージでの役割が終わった
    というサインだと思っている。

    だからこそ、
    どんなに自分が必要だと思っていても、

    相手が離れようとしているなら、
    そこに執着してはいけない。

    人との距離の取り方

    この考えには、2つの意味がある。

    ひとつは、
    人に執着しないこと。

    もうひとつは、
    今ある人間関係を大切にすること。

    人との出会いは、人生を変える

    人生で関わる人には、必ず意味がある。

    そう強く思うようになったのは、
    コロナで自分の人生が終わりかけた経験があるからだ。

    そこからの数年で、
    価値観が大きく変わった。

    特に大きな影響を受けた人が、2人いる。

    お金の価値観を変えた人

    一人は、当時付き合っていた彼女のお姉さんだった人だ。

    この方の存在が、
    自己投資や資産運用に対する考え方を大きく変えた。

    私はもともと、
    投資に対してあまり良いイメージを持っていなかった。

    むしろ負ける側の人間だった。

    でも、その方は違った。

    無駄をそぎ落とし、

    本当に必要なものにだけお金を使う。

    印象的だったのは、生活だった。

    大きな家に住んでいるのに、
    無駄が一切ない。

    掃除は行き届き、
    電気も最小限、
    洋服も必要な分だけ。

    「お金がある=贅沢」ではない。

    その考えが、完全に覆された。

    その一方で、
    歯や健康、必要なものには徹底的にお金をかける。

    さらに、
    掃除はロボットで自動化するなど、
    “使うべきところ”にはしっかり使う。

    このバランスを見て、
    初めて「お金の使い方」を理解した気がした。

    仕事の向き合い方を変えた人

    もう一人は、
    仕事で出会ったベンチャー企業の役員の方だ。

    この方との出会いで、
    仕事に対する考え方が大きく変わった。

    私はこの方から、
    初めて「講演」という仕事をもらった。

    人前で話す仕事も経験し、

    仕事への向き合い方が変わった。

    この方は、
    展示会を一つのプロジェクトとして組み立て、成功させた。

    その過程を間近で見て、
    強く感じたことがある。

    仕事は、パズルのようなものだということ。

    一つひとつのピースを積み上げていくことで、
    初めて完成する。

    そして、そのピースは
    どれも替えが効かない。

    仕事は一人では成立しない。

    誰かと関わり、
    協力し、
    役割を果たすことで成り立つ。

    この考え方は、
    今の自分の仕事観のベースになっている。

    そして、人はまた出会う

    今、その2人とは距離がある。

    でも、不思議とこう思う。

    またどこかで会う気がする。

    人は、必要なタイミングで
    また交わる。

    そういうものだと思っている。

    今の自分の生き方

    人は、一人では変われない。

    でも、
    人によって変わることはできる。

    だから私は、
    無理に人を追わない。

    無理に繋ぎ止めない。

    その代わり、
    今、目の前にいる人を大切にする。

    そして、
    今の自分の環境を整える。

    みなとみらいに住むという選択も、
    その一つだ。

    人は「環境」と「人」でできている

    人は、
    環境だけでも変わらない。

    努力だけでも変わらない。

    でも、
    人と環境が揃ったとき、
    少しずつ変わっていく。

    私は今、
    その途中にいる。

    夜の一本道を街灯と奥へ続く道が人生の歩みと未来の希望を表現した風景

    だから焦らなくていい

    完璧じゃなくていい。
    遠回りでもいい。
    崩れることがあってもいい。

    人は、必要なときに、必要な人と出会う。

    だから、
    その流れに逆らわず、
    今を大切にする。

    そして私は、
    出会いを待つのではなく、
    出会える場所に自分を置き続ける。

    そうやって、
    これからの人生をつくっていく。

    人生はまだ終わっていない。
    50代。
    まだ終わらない。


  • 人生で一度崩れたからこそ見えたもの|50代からの再設計

    人生で一度崩れたからこそ見えたもの|50代からの再設計

    みなとみらいの夜景 崩れた人生の転機を象徴する風景

    これまで書いてきたことは、
    すべて一つの流れの中にある。

    もともと私は、
    何かを完璧にこなせる人間ではない。

    子どもの頃から、よくやらかしてきた。
    落ち着きがないと言われ、
    忘れ物やミスも多かった。

    大人になっても、それは変わらない。

    それでも、不思議と
    なんとかなってきた。

    だからどこかで思っていた。

    「まあ、何とかなるだろう」と。

    整ったつもりの自分

    環境を変え、
    生活を整え、

    少しは変われた気がしていた。

    でも違った。

    それは“変わった”のではなく、
    “整っていただけ”だった。

    崩れた瞬間

    崩れるときは、崩れる。

    油断。
    疲れ。
    タイミング。

    いくつもの要因が重なり、
    判断は鈍った。

    その結果の一つが、
    朝キャバで150万円使った出来事だった。

    あれは特別な出来事ではない。

    ただ、自分の本質が
    そのまま出ただけだ。

    気づいたこと

    この一連の出来事で、はっきり分かった。

    人は、簡単には変わらない。

    環境を変えても、
    意識を変えても、

    本質はすぐには変わらない。

    それでも変えられるもの

    でも一つだけ、変えられるものがある。

    それが「優先順位」だ。

    何を優先するのか。
    何を守るのか。

    それを決めることはできる。

    変化

    私は決めた。

    飲み方を見直す。
    流れに任せない。
    自分をコントロールする。

    完璧ではない。

    でも、前とは違う。

    この経験の意味

    再生を象徴するソロキャンプのテントと自然の風景
    みなとみらいの朝焼け 新しいスタートを象徴する風景

    150万円。

    決して小さくない。

    後悔もある。

    でも、無駄ではない。

    あの出来事があったからこそ、
    自分の弱さと向き合えた。

    これは失敗ではなく、
    人生の分岐点だった。

    人は、変わらない。

    でも、

    崩れ方は変えられる。

    一度崩れた人間は、
    前と同じ崩れ方はしなくなる。

    私は、そう思っている。

    そして、これから

    ここで終わりではない。

    むしろ、ここからがスタートだ。

    これまでの自分を否定するのではなく、
    受け入れた上でどう生きるか。

    次は、
    「やりたいことを後回しにしない」というテーマで書いていく。

    やりたいことを、やりたいままに。

    ここからは、行動の話になる。

    人生はまだ終わっていない。
    50代。
    まだ終わらない。

  • 50代で環境を変えた結果|失ったものと手に入れたもの|再設計の記録

    50代で環境を変えた結果|失ったものと手に入れたもの|再設計の記録

    正直に言うと、
    私はこのまま川崎で一生を終えると思っていた。

    約50年。
    慣れた街、変わらない日常。

    それは安心でもあり、
    どこかで止まっている感覚でもあった。

    コロナをきっかけに、
    その違和感が一気に現実になった。

    人生には限りがある。

    頭ではなく、
    本当にそう思った。

    だから私は、環境を変えた。

    みなとみらいへ。

    これは引っ越しではない。
    人生の選び直しだった。

    みなとみらいで手に入れたもの

    そして、みなとみらいで手に入れたものがある。

    自由。
    時間。
    そして「持たない」という選択。

    生活はここまで変わる

    50代で環境を変えた部屋の様子 プロジェクターでみなとみらいの夜景を見る生活

    まず変わったのは生活だった。

    飲みに行く回数は、劇的に減った。

    (※このあたりは別記事で書こうと思うが、少しやらかしたことも影響している)

    夜は早く寝るようになり、朝型の生活に変わった。

    それだけで、使える時間は大きく変わった。

    持たないという選択

    住まいも変わった。

    80平米から50平米へ。

    広さは減ったが、得たものの方が大きかった。

    「持たない」という考え方だ。

    もちろん、すべてを捨てたわけではない。

    残したのは

    ・キャンプ用品
    ・漫画
    ・子どもたちとの思い出

    子供との思い出を残した写真 50代で大切にしている価値観

    モノを減らすことで、部屋は驚くほどシンプルになった。

    生活は“仕組み”で変えられる

    生活の仕組みも変えた。

    掃除は元々得意ではない。

    だから「やる」のではなく、
    「やらなくてもいい仕組み」を作った。

    タイルを張り、水回りを整えて、
    そしてその中の一つが、こいつだ。

    エコバックス ロボット掃除機 水拭き対応 自動掃除で生活を効率化した実例


    ロボット掃除機のアプリ操作画面 自動で掃除が完了する生活の仕組み

    我が家では「ベイマックス」と呼んでいる。

    いつも夕方にセットして、外に出る。

    そして帰ってくると、部屋は勝手に綺麗になっている。

    何もしていないのに、整っている空間。

    この感覚は、一度味わうと戻れない。

    掃除を「やるもの」から
    「終わっているもの」に変えただけで

    生活の質は、想像以上に上がった。


    家に帰るのが、少し楽しみになる。

    私の使用モデルは廃版だがこちらの商品が上位互換版で

    モップの乾燥まで行える。

    何もしなくても、部屋が整っている。
    この感覚を作ったのがこれです。

    安い買い物ではない。
    でも、「自分でやらなくていい時間」を買ったと思えば、私は高くなかった。

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    正直、
    掃除が面倒な人ほど、
    これの価値は大きいと思う。

    家の中で完結するという選択

    もう一つ変わったのが、家の過ごし方だ。

    プロジェクターを入れて、
    部屋の中で映画や映像を見るようになった。

    自宅で映画や夜景を楽しむ生活 50代で環境を変えたリアルな暮らし

    以前は外に出ていた時間が、
    家の中で完結するようになった。

    これは想像以上に大きかった。

    「どこかに行く」から
    「ここでいい」に変わる。

    その変化だけで、
    時間もお金も大きく変わる。

    プロジェクターに映るのは、映画だけじゃない。

    キャンプの写真や、みなとみらいの景色を流すこともある。
    ただそれだけで、家の中の時間が少し変わった。

    外に出なくても満たされる。
    そう思える時間を作ってくれたのがこれです。

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    外に出なくても満たされる。

    そんな時間を、
    家の中で作れるようになった。

    スマート家電が生活を変化

    生活は「仕組み」で変えられる。

    朝は何もしなくても、カーテンが開く。

    正直、もっと早くやればよかったと思ってる。

    これが、毎朝勝手に起きる。

    たったこれだけで、
    生活の質は想像以上に変わる。

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    1万円以下でここまで生活変わるのは、正直コスパ異常。

    迷ってるなら、これだけはやっていいと思う。

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    たったこれだけで、
    生活の質は「想像以上」に変わる。

    本当に、別物になる。

    カーテン、照明、掃除。

    細かいことは全部、
    自動で動くようにした。

    正直、最初は面倒だった。

    でも一度仕組みを作ると、
    生活は一気に楽になる。

    「やること」を減らすだけで、
    人間はこんなに余裕ができるのかと思った。

    車を手放して分かったこと

    さらに大きかったのは移動手段だ。

    車は手放した。

    その代わりに選んだのが

    ・ベイバイク
    ・カーシェア

    ベイバイクは街の至るところにあり、
    30分165円で移動できる。

    関内、野毛、横浜あたりまでは十分にカバーできる。

    そして車が必要な時はカーシェア。

    キャンプも、デートも、これで問題ない。

    不便になるどころか、むしろ自由度は上がった。

    持たないことで手に入る“お金”

    そして、もう一つ大きな変化がある。

    お金だ。

    住宅を手放したことで、現金が手元に残った。

    それ以上に大きかったのは、固定費の削減だった。

    ・固定資産税
    ・車両税
    ・車検費用
    → 年間 約30万円

    ・管理費
    ・修繕積立
    ・駐車場代
    → 年間 約50万円

    合計で、年間約80万円。

    持っているだけで出ていくお金だった。

    家賃20万円は高いと言われる。

    確かにその通りだと思う。

    でも、手放して初めて分かったことがある。

    「持つコスト」は想像以上に重い。

    50代で得た“余裕”

    そして何より、

    まとまった現金があることで、
    心に余裕が生まれた。

    会社員は安定している反面、
    我慢も多い。

    でも、何かあれば一度立ち止まれる。

    この感覚は、50代の自分にとって大きかった。

    これからの生き方

    仕事は好きだ。

    25年間、前向きに取り組んできた。

    でも、50歳を過ぎて思う。

    残された時間は限られている。

    仕事だけにすべてを使うわけにはいかない。

    環境が人生を変える

    みなとみらいに来て、

    時間
    お金
    選択する自由

    この3つを手に入れた。

    私は、ここで生きていくと決めた。

    人生はまだ終わっていない。
    50代。
    まだ終わらない。

    あのまま変わらなければ、
    多分、今も同じ場所で同じことを繰り返していたと思う。

    ▶︎ みなとみらいの生活コストはこちら

  • 50代で外車(BMW X1)を買って手放した理由|後悔しない選択とは

    すべてが止まっていた2023年

    2023年。
    住宅売却は思うように進まなかった。

    そんな中、
    愛車の日産ジュークが壊れた。

    タイミングは、正直最悪だった。

    売却は決まらない。
    生活は揺れている。

    それでも車は、生活の足だった。

    ジュークは離婚後に中古で買った車。
    独特のフォルムが好きで、愛着もあった。

    だが、状況は待ってくれなかった。

    「100のやりたいこと」を思い出す

    そのとき思い出した。

    昔書いた
    「100のやりたいこと」リスト。

    その中に、確かにあった。

    外車に乗る。

    どうせ揺れているなら、
    ひとつくらい夢を叶えてもいい。

    そう思った。

    100万円以下で探したBMW X1

    条件は現実的に決めた。

    ・100万円以下
    ・コンパクトSUV
    ・鑑定書付き
    ・評価の高い店舗
    ・走行距離少なめ

    そして出会った。

    10年落ち、走行3万5千キロの
    BMW X1。

    エメラルドグリーンとも言える絶妙な色。

    見に行った瞬間に決まった。

    「これだ。」

    中古車販売店と交渉し、
    ・ルーフキャリア装着
    ・前後ドライブレコーダー
    ・新品タイヤ

    夢は、想像以上に現実的な価格で手に入った。
    (購入価格は約70万円弱)

    BMW X1は中古でも現実的な選択だった

    BMW X1は旅の相棒になった

    2023年5月購入。

    そこから2025年2月まで。
    約1万4千キロ。

    普通の会社員をしながら、
    土日だけでこの距離。

    ふもとっぱらでの初キャンプ。
    テント設営に3時間。

    花火大会。
    デート。

    数えきれない週末。

    BMW X1は、
    ただの外車ではなく、
    人生を動かす装置だった。

    ワイパーとウィンカーが逆なのも、
    今では笑い話だ。

    好きだけでは、続かなかった

    みなとみらいに住むと決めたとき、
    現実が突きつけられた。

    駐車場代、月3万5千円。

    維持費。
    保険。
    税金。

    冷静に計算した。

    好きだけでは、続かない。

    私は、また選んだ。

    手放すことを。

    BMW X1売却とリセールの現実

    BMW X1は約70万円弱で購入し、
    約40万円で売却。

    2年間で約30万円の差額。

    数字だけ見れば損かもしれない。

    でも私は、
    1万4千キロの経験を手に入れていた。

    所有ではなく、体験。

    それが残った。

    車を持たない生活へ

    車を手放し、
    baybike。
    カーシェア。

    最初は不安もあった。

    だが実際は、思っていたより自由だった。

    固定費が減ると、
    心が軽くなる。

    50代になって分かった。

    増やすことだけが正解ではない。

    手放す勇気

    若い頃は、
    家を持つ。車を持つ。外車に乗る。
    それが成功だと思っていた。

    でも今は違う。

    必要なときに手に入れ、
    必要がなくなれば手放す。

    それもまた、選択だ。

    そして次へ

    手放したからこそ、次に進める。

    私は、
    ある大切なものを「渡す」と決めた。

    それは、モノではなく、
    想いの継承だった。

    だから私は、“渡す”と決めた。

    (次回:タグホイヤーを子供に渡す話)


    人生はまだ終わっていない。
    50代。
    まだ終わらない。

    だから私は、渡す。

    ▼人生再設計シリーズ

    コロナで人生が止まった日
    マンション売却の決断
    みなとみらいに住むという選択
    ・外車に乗る夢と手放す勇気 ←今ここ
    ・(次回)タグホイヤーを子供に渡す、その理由

  • 退院後に感じた「あのお粥の味」|50代で人生が変わった瞬間(後編)

    退院後に感じた「あのお粥の味」|50代で人生が変わった瞬間(後編)

    あの一口で、「生きている」と初めて実感した。

    状態が安定し、
    私は私立病院へ戻された。

    そこで初めて、
    病院で食事を摂ることができた。

    コロナは、味覚や嗅覚に
    障害が残ることがあると言われていた。

    幸い、私にはそれがなかった。

    👉 関連記事(前編)
    コロナで人生が止まった日(前編)

    運ばれてきたのは、

    お粥。
    少しの魚。
    煮物。

    今、写真で見れば
    決して豪華な食事ではない。

    だが、あの時。

    それはとてつもなく美味しかった。

    一口飲み込んだ瞬間、
    ふと頭に浮かんだ。

    「ああ、俺は生きている。」

    涙は出なかった。

    ただ、
    静かな実感だった。

    回復しても、元には戻らない

    退院しても、終わりではなかった。

    肺は回復しても、
    体力は戻らない。

    後遺症外来に
    一年通った。

    それでも、
    思考は確実に変わった。

    生きてて良かった。

    そして、思った。

    出来ることは、出来るうちにやろう。

    👉 関連記事(行動)
    50代で環境を変えた理由

    人生の再設計は、あのお粥から始まった

    住宅を売却したことも。

    車を手放したことも。

    キャンプを始めたことも。

    資産運用を
    真剣に考え始めたことも。

    全部、

    あのお粥の一口から始まっている。

    👉 関連記事(決断・お金)
    マンション売却の決断
    みなとみらいに住むという選択

    このブログについて

    このブログは、
    人生の再設計の記録だ。

    完璧ではない。

    迷いながら、
    失敗しながら、

    それでも前に進む。

    生きているうちに、
    出来ることをやる。

    それが、
    あの日からの私の指針だ。


    人生は、まだ終わっていない。

    50代。

    まだ終わらない。

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    ▼人生再設計シリーズ

    コロナで人生が止まった日←今ここ
    マンション売却の決断
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    タグホイヤーを子供に渡す、その理由

  • コロナ重症で肺が真っ白になった日|50代で人生を見直したきっかけ【実体験・前編】

    コロナ重症で肺が真っ白になった日|50代で人生を見直したきっかけ【実体験・前編】

    「肺が真っ白です。」その一言で、人生は止まった。

    ー2021年、デルタ株の夏ー

    はじまりは、ただの発熱だった

    2021年の夏。

    デルタ株が猛威を振るっていた頃。

    「まさか自分が。」そう思っていた。

    数日後、医師から告げられた。

    「肺が真っ白です。」

    頭の中が、一瞬止まった。

    戦場だった病室

    2021年デルタ株の夏。コロナ重症で肺が真っ白になった日。50代で初めて「死」を具体的に考えた、あの夏の記録。

    2021年夏。重症病棟の一室。

    大学病院。

    そこは、静かな入院生活の場所ではなかった。

    戦場だった。

    防護服が擦れる音。

    絶え間ない足音。

    なり続くモニター。

    看護師と医師がごった返し、

    空気は常に張り詰めていた。

    腕には何本もの管。

    肩から入れられたカテーテル。

    体はもう、自分のものではないようだった。

    それでも言われた。

    「うつ伏せになってください。このままだと、息が止まるかもしれません。」

    私は、うつ伏せに寝かされた。

    酸素マスク越しに聞こえるのは自分の荒い呼吸音。

    でも、本当に怖かったのはその数字ではなかった。

    静まり返った夜

    音が消えた。

    夜だった。

    さっきまであわただしかった隣のベッド。

    その気配が、夜ふと静かになった気がした。

    詳しいことはわからない。

    でも、ここはそういう場所だった。

    夜の病院は静かすぎた。

    その静けさが、何よりも不安だった。

    「戻れなかったら?」と初めて思った

    「このまま戻れなかったら?」

    子どもはどうなる。

    仕事はどうなる。

    これまで積み上げてきたものは?

    呼吸よりも怖かったのは、未来が途切れる事だった。

    あの日、私は初めて”死”を具体的に考えた。

    そして同時に、思った。

    まだ、終わりたくない。

    👉 あの後、どうなったのかはこちら
    ▶ あのお粥の味(後編)

    人生はまだ終わっていない。

    50代。

    まだ、終わらない。

    ーーーーーーーーーー

    ▶次に読む

    【後編】あのお粥の味はこちら

    生き残った。
    だから、できるうちにやる。

    ICUを出て、私立病院へ戻った。

    そこで初めて口にしたのは、
    一杯のお粥だった。

    次に読む

    ーーーーーーーーーー

    ▼人生再設計シリーズ

    【序章】コロナで人生が止まった日
    【第3話】マンション売却の決断
    【第4話】みなとみらいに住むという選択
    5話】外車に乗る夢と手放す勇気
    【最終話】タグホイヤーを子供に渡す、その理由

  • コロナで肺が真っ白になった50代会社員が人生をやり直すと決めた日|再設計の記録

    コロナで肺が真っ白になった50代会社員が人生をやり直すと決めた日|再設計の記録

    コロナで重症化し、肺が真っ白になった。

    医師からそう告げられたとき、人生が一度止まったと感じた。

    50代会社員の私は、あの日を境に人生を再設計すると決めた。

    これは、その原点の記録だ。

    👉 人生が止まったあの日の話はここに書いている。

    コロナ重症で肺が真っ白になった日|50代で人生を見直したきっかけ(前編)

    みなとみらいで築いた安定した生活

    50歳。年収800万円弱。

    専門性の高いニッチ業界の零細企業で25年働いている。

    みなとみらいに住み、数千万規模の資産も築いた。

    臨港パークから赤レンガ、山下公園へと続く散歩コース。

    窓の外には子どもたちの笑い声。

    正直に言って、今の暮らしは悪くなかった。

    2021年、突然息ができなくなった

    転機はコロナだった。2021年の夏。突然息が苦しくなった。

    最初は風邪だと思った。だが熱は下がらず、酸素濃度は危険な数値を示した。

    救急搬送。

    病院は逼迫していた。

    野戦病院のような光景。肩からカテーテルを入れられ何本もの管に繋がれた。

    「このままで本当にいいのか?」

    そう考えざるを得なかった。

    回復した。でも、元の自分には戻れなかった

    👉 この時、自分が本気で考えたこと

    50代で環境を変えた理由

    だが、何かが変わてしまった。

    仕事に不満があったわけではない。長年、企画や商品開発に携わり、自分なりの誇りもある。

    だが会社は小さく、経営層は高齢化している。自分ではどうにもできない流れもある。

    私は感情の振れ幅が大きい。多動で、思い立ったらすぐ動きたくなる。

    だが気づいた。

    本当は辞めたいのではない。「辞められる状態」になりたいのだ。

    人生を再設計するという決断

    あの病室で感じたことは一つ。人生はいつ終わるかわからない。

    ならばやりたいことをやる。

    やらなかった後悔より、やった後悔の方がいい。

    副業、資産形成、発信。

    すべては「選べる人生」を手に入れるため。将来の自分に言わせたい。

    「あの時、決断してよかった」と。

    人生はまだ終わっていない。50代、まだ終わらない。

    人生はまだ終わっていない。50代、まだ終わらない。

    もし、あの時の決断がなければ
    今の自分はなかったと思う。

    👉 そのきっかけはここに書いている
    コロナ重症で肺が真っ白になった日|50代で人生を見直したきっかけ(前編)

    ーーーーー

    ▶ この記事を読んだ人へ
    ・人生を変えた最初の一歩
    50代で環境を変えた理由|人生を再設計した最初の一歩

    ・実際にかかったリアルな費用
    リアルな生活(みなとみらいの生活コスト)

    ・一番大きな決断の記録
    50代でマンション売却を決断|住宅購入から手放すまでの体験談