カテゴリー: 旅行・体験

  • 日本最北端の町と島へ。50代、また新しい「やりたいこと」が増えた。

    日本最北端の町と島へ。50代、また新しい「やりたいこと」が増えた。

    コロナ禍で人生を再設計し始めた

    自分はコロナ禍で、一度かなり強く「死」を意識した。

    そこから、
    「このままの人生でいいのか」
    「本当にやりたいことは何なのか」
    を考えるようになり、人生を再設計し始めた。

    このブログタイトルの「正直な再設計」も、そこから来ている。

    ▶ 関連記事:
    [50代でブログとXを始めた理由|人生再設計の発信]

    仕事だけではなく、
    旅、趣味、人間関係、お金の使い方、生き方。

    50代になって、改めて人生を見直すようになった。

    父が亡くなって、さらに死を意識するようになった

    2024年5月、父が他界した。

    父とは訳あって疎遠だった。
    別に嫌いだったわけではない。
    ただ、どうしても合わない部分があった。

    出張帰り、妹から急な電話があった。
    父が危篤だという連絡だった。

    急いで病院へ向かったが、もう間に合わなかった。

    久々に会った父は、だいぶ年老いていて、昔知っていた父とは少し違う人のように見えた。

    結婚して、離婚して、仕事して。
    毎日普通に生活していると、親という存在はずっとそこにいるような気がしてしまう。

    でも、そうではない。

    自分も、親も、確実に年を取っている。 そういう年齢になったのだと、改めて実感した出来事だった。

    「今度でいいや」をやめるようになった

    この日を境に、自分の考え方は少し変わった。

    「仕事で行けない」ではなく、できるだけ母や妹たちと会うようにした。

    実家にも積極的に顔を出すようになったし、この前は和歌山・熊野古道にも一緒に行った。

    母が「行きたい」と言った場所には、できるだけ連れて行くようにしている。

    父の姉もまだ元気なので、福岡へ会いに行き、別府温泉にも行った。

    母は、自分と違って一人でどこかへ行くのがあまり得意なタイプだ。 だからこそ、今はできるだけ一緒に出掛けるようにしている。

    2016年、家族で行った北海道旅行

    今回の道北旅行も、実は母が以前から「行きたい」と言っていた場所だった。

    北海道好きの自分は、2016年にも母と妹を連れて北海道旅行を企画したことがある。

    当時は自分で旅の栞まで作っていた。

    今見ると少し恥ずかしいが、それだけ楽しみにしていたのだと思う。

    2016年の北海道旅行のしおりの表紙
    2016年北海道旅行の旅程表

    母も妹も、その時の北海道旅行をかなり気に入ってくれていた。

    「また北海道行きたいね」

    そう言っていたのを、ずっと覚えていた。 あの頃より、自分も母も10歳年を重ねた。

    日本最北端の町と島へ

    今回は農協さんのツアーだったが、礼文島まで行ける割にはかなり安いプランだったので申し込むことにした。

    仕事でもプライベートでも北海道には何度も行っているが、道北は今回が初めて。

    かなり心が躍った。

    日本最北端の町・稚内。
    日本最北端の地・宗谷岬。

    そして、日本最北端の島・礼文島。

    さらに、利尻富士と利尻昆布で有名な利尻島。

    日本最北端の地・宗谷岬のモニュメント
    日本最北端到着証明書を手に持つ様子
    フェリーから見た利尻富士の風景

    ツアーということもあり、バス移動とフェリー移動が中心で、移動時間はかなり長かった。

    母も帰るなり「疲れたー」と言っていた。

    でも、それ以上に楽しかったようで、

    「生きているうちにまた旅行に行きたい」

    と言っていた。

    この言葉には弱い。

    やっぱり、体が動くうちに。
    元気なうちに。 またどこかへ行くことになるんだろう。

    利尻富士と、人生トップクラスのソフトクリーム

    今回は最初から天気予報があまり良くなかった。

    かなり風も強かった。

    それでも大崩れすることはなく、晴れ間が見えた時間もあった。

    姫沼から見えた利尻富士は本当に最高だった。

    姫沼から見た利尻富士と湖の景色
    礼文島到達証明書

    あと、自分はかなりのソフトクリーム好きなのだが、途中で寄った「道の駅ピンネシリ」のソフトクリームは、間違いなく人生トップ3に入るレベルだった。

    これだから旅も、食もやめられない。

    道の駅ピンネシリのソフトクリーム

    道の駅ピンバッジと、新しい100のやりたいこと

    北海道には「道の駅ピンバッジ」というものがあり、自分は昔から集めている。

    今回も3か所の道の駅を回り、またコレクションを増やすことができた。

    北海道道の駅ピンズラリーの台紙とコレクション

    そして今回。

    礼文島と宗谷岬へ行ったことで、自分は日本最北端の「町」と「島」へ行くことができた。

    そこで、新しい「100のやりたいこと」を思いついた。

    日本最東端。
    日本最西端。
    日本最南端。

    そして北海道道の駅ピンズラリーを完成させること。

    その「町」と「島」に行く。

    まだ行ったことのない「端」が、日本には残っている。

    まだ知らない日本が、そこにはある。

    これを、新たに「100のやりたいこと」へ追記した。

    ▶ 関連記事:
    [やりたいことが分からない人へ|100のやりたいことリストが人生を変えた話]

    まだ見たことのない景色が、日本にはたくさんある。

    人生はまだ終わっていない。

    50代。 まだ終わらない。

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    ▶︎ 50代でブログとXを始めた理由|人生再設計の発信
    ▶︎ 50代でソロキャンプを始めた理由|自分を取り戻した話
    ▶︎ 投資はお金より「安心感」だった|50代の人生再設計

  • 人生はまだ途中だった|50代でダイアナ・ロスのコンサートへ行った夜

    人生はまだ途中だった|50代でダイアナ・ロスのコンサートへ行った夜

    Kアリーナ横浜の外観とダイアナ・ロスコンサート来場者の様子|50代で初めてのライブ体験

    コンサートを少しなめていた

    実際に5月23日、
    Kアリーナ横浜で開催されたダイアナ・ロスのコンサートへ行ってきた。

    私は正直、
    コンサートというものを少しなめていた。

    みなとみらいに住んでいるので、
    Kアリーナは遠くから何度も見ていた。

    でも実際に近くまで行くと、
    その大きさと存在感に圧倒された。

    2万人を収容する巨大な会場。

    人の流れ。

    熱気。

    そして、
    年齢層の高さにも少し驚いた。

    60代〜70代くらいの方が多い印象で、
    アメリカンな服装の方や、
    少しやんちゃそうな年配の方も多かった。

    「ああ、本当に長年愛されてきた人なんだな」 と、その時点で空気が違った。

    ダイアナ・ロス「Diana in Motion Japan 2026」Kアリーナ横浜公園の入り口前

    グッズはすでに売り切れていた

    開演は18時。

    私は16時40分頃、
    徒歩で会場へ向かった。

    かなり早めに行ったつもりだった。

    だが、
    Tシャツはすでに売り切れていた。

    本当は記念に買いたかった。

    でも、
    キャップやトートバッグは、
    まだ自分が使う姿を想像できず、
    今回は見送った。 私は、
    まだ“コンサート文化初心者”だった。

    チケット価格にも驚いた

    チケットもかなり悩んだ。

    A席が18,000円。

    S席が28,000円。

    SS席とバルコニー席が37,000円。

    ゴールド指定席は67,000円。

    しかも特典付き。

    正直、
    最初はかなり驚いた。

    「コンサートってこんな世界なのか」

    と。

    今回はS席を選んだ。

    LEVEL3というエリアで、
    正面からかなり見やすい席だった。 結果的には大正解だったと思う。

    Kアリーナの“音”は別世界だった

    Kアリーナ横浜のダイアナ・ロスコンサート開園前の会場内のステージ

    入場時には、
    手荷物検査と金属探知機。

    これも初めての体験だった。

    席に着くと、
    椅子は折りたたみ式で、
    思った以上にコンパクト。

    人が通る時は立たないと通れないくらい、
    かなり密集している。

    でも、
    18時になり音が鳴った瞬間、
    空気が変わった。

    音響がとにかく凄い。

    身体に直接響いてくる。 私は終始圧倒されていた。

    “立たなくても楽しめる”という安心感

    ただ、
    アリーナ席のように、
    ずっと立って盛り上がるのは、
    正直かなり大変そうだとも感じた。

    私は、
    「みんなが立っているから立つ」
    という空気が少し苦手だ。

    でも、
    座ったままでも十分楽しかった。 それもまた、
    自分なりの楽しみ方なのだと思う。

    Spotifyで予習していて本当に良かった

    事前にSpotifyで予習していたのも大きかった。

    もちろんフリープランだが、
    かなり曲を覚えられた。

    1曲目は
    「I’m Coming Out」。

    そこから、
    The Supremes時代の名曲、

    「Baby Love」

    「You Can’t Hurry Love」

    などが続く。

    そして特別ゲストとして、
    YOSHIKIさんが登場。

    クリスタルピアノとの共演で歌われた

    「If We Hold On Together」

    これは本当に良かった。

    最後の
    「I Will Survive」では、
    会場全体が一体感に包まれていた。

    1階席も総立ちだった。 私は座ったままだったが、
    心の中ではかなり盛り上がっていた。

    “知らない世界”は、行ってみると面白い

    洋楽が特別好き、
    というわけではない。

    でも、
    昔のドラマやCMで聴いた曲が流れると、
    自然と記憶が蘇る。

    懐かしい。

    そして楽しい。

    そんな感覚だった。

    今回一番感じたのは、

    「先入観を捨てて飛び込むと、
    世界は思った以上に広がる」

    ということだった。

    コンサートなんて、
    自分には関係ないと思っていた。

    でも実際に行ってみると、
    全然違った。

    知らない世界には、
    知らない楽しさがある。 50代になって、
    またひとつ世界が広がった気がする。

    50代で初めてのことをする

    6月には、
    ゆずのクラシックコンサートにも行く予定だ。

    こちらは着席型らしいので、
    少し安心している。

    人生もまだ途中なのだと思う。

    若い頃は、
    「今さら」
    と思っていた。

    でも50代になると逆に思う。

    「今だからこそ、
    やってみよう」

    と。

    知らない世界は、
    まだまだたくさんある。

    コンサートも、
    その一つだった。

    人生はまだ終わっていない。

    50代。 まだ終わらない。

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    ▶︎ 50代でブログとXを始めた理由|人生再設計の発信
    ▶︎ 50代でソロキャンプを始めた理由|自分を取り戻した話
    ▶︎ 投資はお金より「安心感」だった|50代の人生再設計

  • 50代でソロキャンプを始めた理由|自分を取り戻した話

    50代でソロキャンプを始めた理由|自分を取り戻した話

    「準備は地獄。でも、また行きたくなる。」

    以前話した
    「サードプレイス」という考え方。

    自分に一番しっくりきたのが、キャンプだった。

    👉 関連記事
    環境を変えることで、自分を保っている|50代の人生再設計

    今度また別の記事で書こうと思うが、
    私はアニメやドラマがかなり好きだ。

    私たちの世代は多いと思うが、
    いわゆるテレビっ子だった。

    あぶない刑事 や、
    月9のトレンディドラマ。

    そしてアニメ。

    影響を受けることもかなり多かった。

    今思えば、
    この頃から横浜に対する憧れがあったのかもしれない。 そしてその後、
    逃げるは恥だが役に立つ や、
    私の家政夫ナギサさん の影響で、
    みなとみらいに対する強い思いへ繋がっていったのだと思う。

    最初は近場のキャンプ場を回っていた。

    50代でキャンプを初めて作ったグーグルマップのいったキャンプ場カレンダー

    でも次第にお気に入りもでき、
    今では同じキャンプ場へ行くことも増えた。

    コロナ禍で大ブームになったキャンプ。

    少しずつブームが落ち着いてきた頃に、
    逆に私はハマっていった。

    「なぜ人が減っていったのか」も、
    今ならなんとなく分かる気がする。

    準備が、とにかく大変なのだ。

    きっかけは「ゆるキャン△」

    私がキャンプを始めたきっかけは、
    ゆるキャン△。

    正直、最初は軽い気持ちだった。

    でも、やってみると全然違った。

    準備は面倒。
    行くまでに何度もやめたくなる。

    実際、チェックインはいつも遅れる。
    設営にも時間がかかる。

    それでも、行けば分かる。

    「ああ、ここが自分の場所だ」 そう思う。

    最初のキャンプは、ふもとっぱら

    ゆるキャン△に影響を受けて50代で初めていった初キャンプのふもとっぱらキャンプ場のキャンプ画像

    2023年6月。

    一番最初に訪れたのは、
    キャンプの聖地とも言われる
    ふもとっぱら。

    ここも
    「ゆるキャン△」で使われていた場所だった。

    事前準備はYouTube。

    タローさん、係長けんさんという
    キャンプ系YouTuberの動画を見ながら、
    道具を勉強した。

    テントは、
    Coleman のツーリングドーム。

    ▶ 私が最初に使ったテントはこちら Coleman ツーリングドームLX

    今でも時々使っているし価格もコスパも初心者には最適のテントと言える。後大きさはLXがおすすめだ。

    テーブル。
    チェア。
    寝袋。

    家の中で試しに立てたりもした。

    準備は万全。 ……のはずだった。

    現実は、全然うまくいかなかった

    それでも最初の設営は、
    3時間近くかかった。

    暗くなっていく。
    焦る。

    綺麗に立たない。
    紐が結べない。

    しかも携帯の容量制限で、
    現地で動画確認ができない。

    「自分って、こんなにできないのか」

    かなりショックだった。

    今見ると、
    完全に“ザ・初心者”。

    始まりとしては、
    かなりボロボロだったと思う。

    富士山は見えなかった。でも悪くなかった

    その日は曇り空で、
    富士山はほとんど見えなかった。

    でも翌朝。

    完全ではないが、
    うっすら輪郭が見えるくらいには晴れた。

    その景色を見た時、
    気持ちがすーっと軽くなっていくのが分かった。

    そして思った。

    「この朝を迎えられるなら、悪くない」

    準備は今でも地獄

    それから、
    月に1回くらいのペースでキャンプへ行くようになった。

    だいぶ慣れてきた。

    でも今でも、
    準備は死ぬほど面倒くさい。

    特に引っ越して車を手放してからは大変だ。

    車に積みっぱなしもできない。

    毎回エレベーターを2往復。

    行けば楽しい。

    でも準備は地獄。

    それが、私のキャンプだ。 👉 関連記事

    50代でマンション売却を決断|住宅購入から売却までのリアル体験

    洪庵キャンプ場で見た朝

    私は富士山が好きで、
    富士山が見えるキャンプ場によく行く。

    その中でも、
    浩庵キャンプ場 で朝方に撮った一枚は、
    今でも特別な写真だ。

    今使っているテントは、
    OneTigrisの「Northgaze」。

    洪庵キャンプ場で撮った写真も、
    このテントだ。

    最初に使っていたColemanとはまた違って、
    「自分の居場所」に近い感覚がある。

    私が使っているブラウンカラーはどうやら廃盤のようだが、
    現在販売されているカーキもかなりかっこいい。

    ▶︎ 今使っているテントはこちら
    OneTigris Northgaze(カーキモデル)

    洪庵キャンプ場で撮った写真も、
    このテントだ。

    最初に使っていたColemanとはまた違って、
    「自分の居場所」に近い感覚がある。

    洪庵キャンプ場で行った冬キャンプのテントと本栖湖と富士山の風景

    寒空の中、
    コーヒーを飲む。

    ただ、それだけ。

    でもその時間があるから、
    私はまたキャンプへ行く。

    だからまた行く

    ソロキャンプは、
    単なる趣味ではない。

    自分を取り戻す時間だ。

    準備は大変。
    設営も面倒。

    それでも、
    自然の中で迎える朝には、
    それ以上の価値がある。

    寒空の中で飲むコーヒー。

    富士山を眺めながら過ごす時間。

    「悪くない」

    そう思える瞬間があるから、
    私はまたキャンプへ行く。

    人生はまだ終わっていない。
    50代。

    まだ終わらない。

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    ▼人生再設計シリーズ

    • コロナで人生が止まった日
    • 退院後に感じた「あのお粥の味」
    • 環境を変えることで、自分を保っている
    • 50代でマンション売却を決断した理由
    • ソロキャンプで自分を取り戻した話
    • みなとみらいに住むという選択
    • 外車を手放した理由