ー2021年、デルタ株の夏ー
はじまりは、ただの発熱だった
2021年の夏。
デルタ株が猛威を振るっていた頃。
「まさか自分が。」そう思っていた。
数日後、医師から告げられた。
「肺が真っ白です。」
頭の中が、一瞬止まった。
戦場の様だった病室

2021年夏。重症病棟の一室。
大学病院。
そこは、静かな入院生活の場所ではなかった。
戦場だった。
防護服が擦れる音。
絶え間ない足音。
なり続くモニター。
看護師と医師がごった返し、
空気は常に張り詰めていた。
腕には何本もの管。
肩から入れられたカテーテル。
体はもう、自分のものではないようだった。
それでも言われた。
「うつ伏せになってください。このままだと、息が止まるかもしれません。」
私は、うつ伏せに寝かされた。
酸素マスク越しに聞こえるのは自分の荒い呼吸音。
でも、本当に怖かったのはその数字ではなかった。
静まり返った夜
夜だった。
さっきまであわただしかった隣のベッド。
その気配が、夜ふと静かになった気がした。
詳しいことはわからない。
でも、ここはそういう場所だった。
夜の病院は静かすぎた。
その静けさが、何よりも不安だった。
「戻れなかったら?」と初めて思った
「このまま戻れなかったら?」
子どもはどうなる。
仕事はどうなる。
これまで積み上げてきたものは?
呼吸よりも怖かったのは、未来が途切れる事だった。
あの日、私は初めて”死”を具体的に考えた。
そして同時に、思った。
まだ、終わりたくない。
人生はまだ終わっていない。
50代。
まだ、終わらない。
ーーーーーーーーーー
▶【後編】あのお粥の味はこちら
生き残った。
だから、できるうちにやる。
ICUを出て、私立病院へ戻った。
そこで初めて口にしたのは、
一杯のお粥だった。
▶【後編】あのお粥の味
(リンク)
ーーーーーーーーーー
▼人生再設計シリーズ
・コロナで人生が止まった日←今ここ
・マンション売却の決断
・みなとみらいに住むという選択
・外車に乗る夢と手放す勇気
・(次回)タグホイヤーを子供に渡す、その理由

コメントを残す