あの一口で、「生きている」と初めて実感した。
状態が安定し、
私は私立病院へ戻された。
そこで初めて、
病院で食事を摂ることができた。
コロナは、味覚や嗅覚に
障害が残ることがあると言われていた。
幸い、私にはそれがなかった。
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運ばれてきたのは、
お粥。
少しの魚。
煮物。
今、写真で見れば
決して豪華な食事ではない。

だが、あの時。
それはとてつもなく美味しかった。
一口飲み込んだ瞬間、
ふと頭に浮かんだ。
「ああ、俺は生きている。」
涙は出なかった。
ただ、
静かな実感だった。
回復しても、元には戻らない
退院しても、終わりではなかった。
肺は回復しても、
体力は戻らない。
後遺症外来に
一年通った。
それでも、
思考は確実に変わった。
生きてて良かった。
そして、思った。
出来ることは、出来るうちにやろう。
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人生の再設計は、あのお粥から始まった
住宅を売却したことも。
車を手放したことも。
キャンプを始めたことも。
資産運用を
真剣に考え始めたことも。
全部、
あのお粥の一口から始まっている。
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このブログについて
このブログは、
人生の再設計の記録だ。
完璧ではない。
迷いながら、
失敗しながら、
それでも前に進む。
生きているうちに、
出来ることをやる。
それが、
あの日からの私の指針だ。
人生は、まだ終わっていない。
50代。
まだ終わらない。
▼人生再設計シリーズ
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・マンション売却の決断
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