
50代で住宅売却を決断した理由
私は川崎市出身。
生まれも育ちも川崎です。
世間的にはあまり良いイメージを持たれないこともあります。
ですが下町の雰囲気が残るこの街が私はとても好きです。
大学を卒業した後、しばらくフラフラしていた私に小さな命が授かりました。
2001年。当時は世紀末が過ぎ、少しだけ子どもの出生率が上がった時代だったと記憶しています。私は25歳でした。
これも運命だと思い、結婚し、今の会社にお世話になることになりました。
マンション購入までの経緯
最初は実家の近くで、私より年齢のいった賃貸マンションの2Kに住み始めました。家賃も交渉して少し下げてもらい、そこで新しい生活をスタートしました。
やがて二人目の子どもができ、いよいよこの家では暮らせないという話になりました。
当時30歳。収入も決して高くはありませんでしたが、双方の親の援助もあり、2007年に川崎区内で新築マンションを購入することになりました。
今振り返ると、収入が多くないのにマンションを購入したことが、離婚の一因になった部分もあると思います。
私は2001年に結婚し、2001年に就職し、2001年に子どもが生まれました。
正直、今思い返しても当時は人生をゆっくり考える余裕がありませんでした。
責任が生まれ、仕事では稼がなければならない。
家に帰れば子どもは泣いている。
妻は九州から出てきたばかりで、頼れる人も少ない。
そんな状況でマンションまで購入してしまい、心のバランスが取れるはずがありませんでした。
そして2012年、マンションを購入して5年後に離婚しました。
息子が小学校1年生になるタイミングで、妻は子どもたちを連れて福岡へ戻りました。
当時、息子と娘を一人ずつ引き取るという話も出ました。
しかし、小さな兄弟を別々に暮らさせるのはどうなのかという話になり、妻が二人とも引き取ることになりました。
それからは、夏休みのたびに子どもたちだけでこちらに来てくれるようになりました。
ディズニーランドやキッザニアなど、いろいろな場所へ連れて行きました。
そんな子どもたちが、5年しか住んでいなかった家に戻ってくるたびに
「この家、落ち着く〜」
と言うのです。
その言葉を聞くたびに、一人では広すぎる80㎡弱のマンションを手放すことができませんでした。
やがて娘は福岡で就職し、今年で25歳。
息子も早生まれなので、数えで今年20歳になります。
正直、いつかこちらに戻ってくるかもしれない。
そんな思いもあり、なかなか家を手放す決断ができませんでした。
しかし、住宅売却を考える大きなきっかけになったのは、2021年に猛威を振るったコロナでした。
コロナ禍の中で、私自身も感染しました。
その経験をきっかけに、人生について深く考えるようになりました。
最初の売却チャレンジ(2023年)
最初に売却を考えたのは2023年。
コロナが落ち着き始めた頃でした。

キャンプブームやリモートワークの普及により、郊外の広めの住宅に注目が集まり、地価が上がっているのではないかと思ったことも理由の一つです。
購入価格は3030万円。
不動産会社にマンション売却の査定を依頼すると、4350万円という査定を出す会社もありました。

その中から、以前から定期的に連絡をくれていたS不動産のNさんにお願いすることにしました。
父の実家が鹿児島で、その方も鹿児島出身だったため、不思議な縁を感じたのも理由でした。
ただ、この時私はまだ知りませんでした。
不動産の査定額には、責任がないということを。
査定額が高いからといって、その価格で売れる保証はありません。
価格を決めるのも、売却するかどうかを決断するのも、すべて自分なのです。
正直「言ったもの勝ちじゃないか」と思いました。
さらに、縁を感じていた営業の方は4月に異動。
担当者も変わり、不信感がMAXになったのを覚えています。
売却価格4180万円の現実
最終的にS不動産の査定は4180万円。
この価格で販売することにしました。
写真撮影や設備確認など、売却前にはやることがたくさんあります。
さらにSUUMOなどに掲載されると、週末はほぼ自宅にいながら内覧対応。
10組以上の方が見に来ました。
2023年は中国の方が多かった印象です。
しかし3か月の専任契約で出た最高価格は
3700万円
リフォーム業者と中国人の方でした。
4180万円と言われていたのに3700万円。
その差は480万円。
不動産の査定価格と実査の売却価格には、大きな差が出ることもあります。
正直かなり迷いましたが、売却を一旦保留することにしました。
再チャレンジと価格戦略
2024年2月頃、今度はこのマンションを購入した時にお世話になったN社に依頼しました。
しかし内覧は2件だけ。
写真も営業マンが簡単に撮る程度。
正直「こんな対応で売れるのか」と思いました。
そこで2024年秋、再び最初の不動産会社に相談し、もう一度販売することにしました。
そして価格は
3980万円
この価格には意味があります。
SUUMOなどの検索では
- 3000万円台
- 4000万円台
という区分で検索されます。
つまり
「川崎 × 3000万円台」
という検索にヒットしやすくなるのです。

そして2024年12月
私と同年代くらいのご夫婦が内覧に来ました。
旦那さんは自衛官の方でした。
特に奥さんがこの家をとても気に入ってくれて
「17年住んでいてこんなに綺麗なのはすごい」
と言ってくれました。
しかも
値引きなしで購入
してくれました。
組み立て式の棚やベランダの家具まで、そのまま引き取ってくれました。
50代のマンション売却は人生の大きな決断でした。
住宅売却は本当に
縁とタイミング
だと実感しました。
引っ越しと引き渡し
2024年12月契約
2025年2月17日引っ越し
2月26日売却
ただ、引っ越し後も長年の汚れが気になり、1週間ほど元の家に寝泊まりして片付けをしました。
売却から引き渡しまでには、余裕を持ったスケジュールをおすすめします。
そしてこうして、ようやく私は身軽になることができました。
人生は、まだ終わっていない。
50代。まだ終わらない。
▼人生再設計シリーズ
・コロナで人生が止まった日
・マンション売却の決断←今ここ
・みなとみらいに住むという選択
・外車に乗る夢と手放す勇気
・(次回)タグホイヤーを子供に渡す、その理由
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